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はじめての感覚
村に入っていくと、あちらこちらに倒れている村人と思われる人達がいた。
村の中心辺りに立てられた棒には、5体の首が刺さってあった。
そして村全体を黒い霧が覆っているようで、禍々しい雰囲気を醸し出している。
そんな中で、騎士達が血にまみれて蠢いていて、何とか起き上がろうとしているが、それも叶わないといった状態でいた。
騎士達を背にして、剣を持った男がフラフラと結界に近づいて行って斬りかかっていくが、結界に阻まれてそれが叶わない状態だった。
しかしその結界ももうすぐ壊れそうで、少しずつヒビが入ってきてるところだった。
その結界の中にいたのは、全身から出血しているルーファスがいて、赤い髪と赤い瞳の女性が対峙しているのが見えた。
「ルー……? ルーっ!」
手にした薬草の花をそっとその場に置き、ルーファスのそばまでフラフラと歩いていく。
それに気づいた男がこちらを見てギロリと睨み、剣を向けてきた。
そうされてウルスラはビクッとして足を止めた。
何がどうなっているのか、どうしてこうなっているのか、そんなのは全然分からなくて、でも目の前で剣を向けている人はウルスラにも敵意を剥き出しにしている状態で、それに怖くなって後退りをしてしまう。
「貴方……は……どうして……?」
「お前こそなんだ? 何者だ?」
「剣を……下ろして……お願い……」
ローランの目の前には、か弱そうな少女がいた。けれどその姿は美しく、しかし儚く、今にも消えてしまいそうにも見えた。
少女はローランを見て震えている。震えながらも、その剣を下ろして欲しいと言う。
そう言われて、なぜ自分はこの少女に剣を向けているのかと、ふと疑問に思った。
そして、今にも倒れそうなこの少女を助けたいと思った。こんな気持ちは初めてだった。こんなに気になる人は、心惹かれる人は初めてだった。
気づくとローランは剣を下ろしていた。
それを見てウルスラはルーファスの元まで近寄っていく。
途中、ウルスラがバランスを崩したのか転びそうになったのを、ローランがすぐに駆け寄って支えた。
「あ、ありがとう……」
助けてくれた人をチラリと見ると、その男はウルスラにニッコリと微笑んだ。
良かった、この人は悪い人じゃないんだ、とウルスラは思った。
そんな覚束ない足取りの状態でも、ルーファスの元へ行こうとするウルスラを支えるようにローランは付き添う。放っておくことができなかったからだ。
結界の中ではルーファスは何も見えていなくて聞こえていない状態であったが、手にした光の筋に絡まれたフューリズは離さないでいた。
ルーファスはもう殆ど意識がない状態だった。それでもそれを離してはいけないと思っているのか、どれだけフューリズが喚こうがその拘束を離すことはなかった。
フューリズはまだルーファスに攻撃をしようとするも、既に最大限の黒い霧を与え、攻撃魔法を何度も放ったから魔力が枯渇しそうな状態だった。
「離しなさいっ! 私を離してっ! ローランっ! どうにかしなさい! ローランっ!」
怒り喚いてローランを見たフューリズは、ローランが他の女を支えているのを知って、更に怒り狂ってしまった。
「なんなの……? 何やってるのよ……! ローランっ! なんなのよその女はぁっ!」
そんなフューリズの声が聞こえていないように、ローランはフューリズに見向きもせず、ウルスラをずっと支えていた。
ウルスラがルーファスの元まで行き結界に手を這わせると、それはホロホロと崩れるように淡く消えていった。
殆ど意識のないルーファスだが、まだ倒れずにいる。身体中から血を流し、何処を見ているのか分からない状態でいるルーファスにウルスラは抱きついた。
「ルー……ルー……しっかりして……お願い、ルー……」
泣き出しそうになりながらもウルスラは何とか我慢して、ルーファスを光で包み込む。それでもなかなかルーファスの意識は帰って来ない。
その様子を見ていたフューリズは、突然訳の分からない女が出てきて、ローランがその女の傍を離れなくて、そしてルーファスに抱きついたのを目の当たりにして、一体何が起こっているのか理解できなかった。
自分の邪魔をしているのは明らかなのに、ローランはその女に何もせずに傍で見守っている。それにも意味が分からなかった。
自分は拘束されたままでいるのに、誰も助けに来ない状態とか考えられなくて、怒りはMAXになってしまう。
「ローランっ! その女を殺しなさいっ! ローランっ!!」
言われてローランはフューリズを見るが、顔を左右にフルフルと振る。
この少女を殺す等あり得ない。絶対にそんな事をしてはいけない。守らなければならない存在だ。手にかける等、許される訳はない。
なぜそう思うのかは分からなかった。だが、ローランはこの少女こそ守るべき存在であると思った。何を措いても、自分が犠牲になっても守らなければならない。そんな思いしか湧かなかった。
だから動かなかった。フューリズの言う事を聞く事は出来なかったのだ。
ウルスラはさっきから大声で喚いている人の方へと顔を向けた。そしてその顔を見て驚いた。
「え……お母さ、ん……?」
そんな訳はなかった。けれど、自分がずっと母親だと思っていたエルヴィラに、その少女はそっくりだったのだ。そうして初めて気づいた。その少女がエルヴィラの本当の娘だったのだと。自分と取り替えられた少女だったのだと。
ルーファスが憎んでいたフューリズがこの少女だったのかと、ウルスラは呆然とフューリズを見てしまう。
「なんなの貴女……邪魔しないで……! ローランっ! 早く何とかしなさいっ!」
「貴女が……フューリズ……」
フューリズはウルスラを睨み付ける。身体中から黒い霧をユラユラと放っていて、それはフューリズから発せられているけれど、ウルスラには黒い霧にフューリズが翻弄されているように見えていた。
フラフラとフューリズの元まで近づいていく。
「な、なんなの、貴女……っ! 何をするつもりなの?!」
自分とは全く違う雰囲気を放つこの少女を、フューリズは得体の知れない者だと思った。
近寄られるのが怖かった。正反対のモノ、相入れないモノといった感覚があって、力の無さそうなこの儚い少女が恐ろしく思えたのだ。
「や、止め……っ!」
ウルスラがフューリズの傍まできたところで、フューリズは思わずギュッと目を閉じた。
次の瞬間、フワリとした感触がして、その事に体をビクッとさせて驚いてしまう。
ウルスラはフューリズを優しく抱きしめていた。
突然そうされて、フューリズは戸惑いしかなかった。何をされているのかも分かっていなかった。
ウルスラはフューリズを抱き包み、フューリズの体から呪いの力を奪った。そうしなければこの呪いはこの人だけじゃなく、皆を不幸にしてしまう。こんな呪いはもう広げてはならない。そう思ったからこそ、その力を自分の体に取り込んだのだ。
それはウルスラとルーファスの子供が残していった力だった。
「な、なに……? なん、で……」
抱きしめられて、フューリズは言い様のない気持ちになった。そうされた事はなかったけれど、母親に抱きしめられたような、大きな愛に包まれたような感じがした。
知らずにフューリズの目からは涙が溢れていた。
ゆっくりと離れるその少女を見て、フューリズは呆然とする他なかった。
自分から悪しき感情が抜けていくような、そんな感じがする。なぜ泣いているのかも分からないけれど、耐えることなく涙は溢れて止まらなかった。
だけど、こんな事でこの女に絆される等、あってはならない事だ。自分をしっかり律しなければ。そうやって今までの自分を維持しようとして、フューリズは気をしっかり持ち直そうとする。
そんなフューリズを見てウルスラは微笑んだ。そしてその瞳はさっきとは違って、左眼だけが赤くなっていた。
その場でウルスラがフラリと後ろに倒れそうになったのをローランが支える。
思わずフューリズも手を出して支えようとしてしまって、ハッとしてその動きを止める。
一体自分に何が起きているのか、どうなっているのか分からなかった。そしてこの少女がなぜいきなり自分に抱きついたのかも分からなかった。
けれど、フューリズには分かった事がひとつだけあった。
それは、この少女が慈愛の女神の生まれ変わりだという事だった。
ローランに支えられて、ウルスラはルーファスの元へと戻っていく。光を放っているルーファスの手に優しく触れると、今までしっかり光を握っていたその手は力が抜けていく。
そうしてゆっくりと光は消えていった。それによりフューリズへの拘束はなくなったのだ。
それでもフューリズはその場から動けずに、ウルスラを見続ける事しかできずにいた。
手から光が消え、力を失うようにしてルーファスが倒れそうになったのを、ウルスラがしっかり抱き止める。
全身でルーファスを何とか支えて、黒い霧に侵されているその体から呪いを取り除いていった。自分が呪いの力を奪ったからか、そうしても前のように身体中に痛みが走ることはなくなった。
それから回復させようと身体中から光を出していく。
「ルー……お願い……死なないで……目を覚まして……お願い……ルー……」
震える手でルーファスを抱きしめて、ウルスラは何度もルーファスに話し掛ける。
「ウル……ス、ラ……」
何とか声にできたような言い方で、ルーファスはやっとそう答えた。
抱きしめてくれるウルスラの体を、ルーファスも抱きしめていく。
そうして二人はやっと抱き合う事ができたのだった。
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