存在する理由

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存在する理由

 辺りが眩しくて真っ白で、他に何も見えなくて、そんな中で頭に響くように懐かしく思えるような声が聞こえてくる。 『ウルスラ……』 「え?」 『今までよく頑張りましたね』 「だ、誰?」 『ずっと貴女を見守ってきました。貴女は幸せにならなければいけなかった。そしてそれを人々に分け与えなければならなかった』 「幸せに……? どうして?」 『この地はね、元々が不毛の地と言われていたの。荒れ果てて人が住める土地ではなかったの。だけどね、一人の青年がこの地を甦らせたのよ。有らぬ罪を着せられ、追放されてこの不毛の地に追いやられたのだけれど、彼はここに水路を引き、畑を作り、村を作ったの。それは亀の歩みのように何日も何年も何十年もかけて、諦めずに少しずつこの地を人の住める土地にしていったの。そうしてこの国は出来たのよ』 「そうなの?」 『えぇ……緑が多くなり、人が集い、動物も住むようになり森が広がり、精霊や妖精もこの地に住み着くようになったの。それはね、とても素晴らしいことなのよ。神の手も借りず、人の力だけでここまで成し遂げるなんて、有り得ない事だと思ったわ。だからね、それを見守っていた私たちは力を貸したくなっちゃったの』 「私たち? 力……」 『そうよ。だからね。この地には神々の加護が大きいの。小さくて無力だと思っていた人の力が僅かでも大きな力になる事が分かって、そこに多くの生命が誕生したから。でもね、頑張って国を作り出したその青年はね、殺されちゃったの』 「え?! どうして?!」 『人が多くなって国となり、統率する者が現れるとね、やっかむ者やその地位を奪いたくなる者も増えるのよ。そんな醜悪な感情に支配された者がいてね、青年は殺されちゃったの。それを私たちは申し訳なく思ってね。それからはその青年の魂が生まれ変わる時に、その傍に魂を守る存在を送る事にしたの』 「守る存在……」 『えぇ。その青年の魂がルーファス。そして守る存在は慈愛の女神の魂。そう、貴女なの』 「そうだったの?!」 『そうよ。彼が生まれ変わる時、慈愛の女神は生まれ変わる。貴女たちは出会うべくして出会ったの』 「でも……このままだとルーが死んじゃう……! 私はルーを助けられないの……?!」   『今回は想定外の事が多く起こったの。まさか復讐の女神の生まれ変わりと取り替えられるとは思ってもみなかったわ』 「でも、そうしたらどうしたら良いの?! このままもう何も出来ないの?!」 『貴女の力はもう殆ど無いの。その命も……』 「私はいいの! もういいの!」 『でもね、人である以上、その力の源は魂が宿る肉体なの。でもその体はもう……』 「じゃあどうすれば……」 『その体を手放せば力は使えるわ』 「体を手放す……?」 『そう。人ではなくなっちゃうって事。魂だけの存在』 「霊体として存在するって事……?」 『そうね……どちらかと言うと、精霊ね』 「精霊……」 『元々貴女は女神の魂なの。貴女が亡くなった場合、魂は女神へと戻るの。だけど、神は人には干渉できないの。直接手助けはできないから、こうやって助言するしかできないのよ。人に手助けしたければ、精霊であるしか無いの』 「そうなったらルーは助けられる? ねぇ、助けられるの?」 『えぇ……貴女がそれでも良いのなら……』 「じゃあそうなる……! 私、精霊になる!」 『本当に良いの? もう人として触れ合う事も出来なくなるのよ?』 「それでも……ルーを……助けたい……」 『そう……それはやっぱり本能なのかしらね。彼の事を助ける為に生まれた貴女の……』 「分からない……けど……そうしたいの……」 『幸せになりたかったのね……』 「うん……ただルーの傍にいたかった。それだけが望みだったの。それが私の望む幸せなの」 『そうね。貴女は幸せにならなければならなかった。それが彼を助ける事だったのだから』 「それはどうして?」 『彼はこの国を統治するのに長けた人物なの。彼の傍にいる事で貴女が幸せを感じると、その慈愛の加護によって人々も幸せを感じていくわ。深く深く幸せを感じていくと、それは大きく広がっていき、多くの人を幸せにしていけるわ。そうすると国は安定し、実りをもたらすのよ』 「そうだったの……じゃあ……私が幸せを感じないと、どうなっちゃうの?」 『この国は衰退していくわ。地は枯れ、人々の生活は困窮し、生活は維持できなくなるの。これまでの貴女は幸せを求めながらも、そうではなかった。あの森に帰って来てからも、貴女は悲しそうだったわ』 「それは……」 『貴女から力を奪う事が、慈愛の女神の力を得る事だと思っている者もいるようだけど、そうではないのよ。彼の幸せが貴女の幸せ。その逆も然り。二人が共にあれる事がこの国を豊かにしていく筈だったの』 「そんなの……国とかよく分からない……けど、ただ私はルーの傍にいたいの……それだけなの……」 『では彼の傍にいてあげなさい……』  そう言い残して、声は聞こえなくなった。  眩しかったのが少しずつ無くなっていき、見える景色が色づいていく。そこはさっきからいた場所で、ウルスラの傍らには倒れているルーファスがいた。  顔は青ざめていて、出血により体温が低下している。  まだ自然と涙は溢れていて、でもそれすら気づけない状態のウルスラは、ルーファスの頬に手を添える。   「ルー……助けるからね……えっとね、ずっとね……ずっと傍にいる。ルーの傍にいるからね」 「ん……」 「大好きだよ……ルー……愛してる……」 「ウ……ルス、ラ……」  ウルスラはルーファスの唇に唇を重ねた。それはルーファスに教えて貰った『好きの証』だった。  ルーファスは何度も意識を失い、何度も意識を取り戻していた。  温かい光に癒されるように包み込まれているようだと感じて、意識をハッキリさせようとするが、流れた血液の多さと内臓の損傷により、意識はすぐに混濁し暗闇へと落ちていく。  それでも、ここでしっかりウルスラを捕まえておかなければ、またウルスラは何処かに行ってしまうのかも知れないと思うからこそ、そのまま意識を失ったままにはしたくなかったのだ。  顔に手が触れて温かくなって、それから唇に何かが触れた感触がして、それがウルスラの唇だと気づくと、心まで温かくなっていくのだった。   「ルー……もう、ね……? こうして触れ合えないの……でもね……ずっと一緒だよ……」 「なに、を……」 「私の事は……忘れてね……? じゃないときっと……辛くなる……」 「ウルスラ……それ、は……」 「いつまでも愛してるからね……」  その言葉を聞いたのが最後だった。  辺りが一瞬にして明るくなり、眩しくなり、思わずギュッと目を閉じる。    何が起こったのかと、目を慣らすように少しずつゆっくりと目を開け、辺りを見渡す。  倒れていたのかと体を起こし、その場に立つが、そこで立っているのはルーファス一人だった。  ルーファス一人だった。
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