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エピローグ
その日、世界には魔物の存在が多く確認される事となった。
一番多くの魔物の報告を受けたのは、アッサルム王国の北東にある小さな村だった。
そこに立っていたのはルーファスただ一人であって、倒れていた村人達は皆、魔物へと変わっていたのだ。
王都でも同じようになった事があったのをルーファスは思い出すが、なぜそうなったのかを思い出せないでいた。
人であった者達が狂暴な魔物へと変わってしまった事に嘆く間もなく、ルーファスは襲いかかる魔物に対応すべく魔法で薙ぎ払っていった。
倒れて動けなくなっている騎士達は、魔物に対応する力など残っていなかったが、ルーファスが光の魔法で回復させた事により、戦力となった。
ルーファスの力は強く、蠢く魔物を討伐する事に戸惑いはあったものの、然程苦労はせず魔法を行使して駆逐していく事ができた。
ルーファスは考える。
自分にこれ程の力があるのは何故なのか。この状況はどうなってこうなったのか。フューリズはどうしたのか。自分は死にかけていたのではなかったのか。
村人だったであろう魔物を全て倒しきり、それから一頻り考えるが腑に落ちない思いが胸に残る。
そんな思いからそこで佇むルーファスの元に、美しい姿をした精霊が現れる。
その精霊は髪が真っ白で艶やかで、瞳は右が空色で左が赤色のオッドアイだった。
その微笑みは美しく朗らかで、その姿を見られていられるだけで不思議と幸せな気持ちになった。
「君の名前は何というんだ?」
ルーファスは精霊にそう聞いてみる。この村に来る事になったのは、森の精霊ドリュアスにこの場所まで連れてこられたからだ。だから精霊が見えるし、話もできた。なぜそうできるようになったのかは思い出せないが。
けれど話しかけても、その精霊は何も言わずに微笑んでいるだけだった。嬉しそうにルーファスの傍を離れずに、時折フワリと浮かんでは辺りをクルクル回り出す。その軽やかさや無邪気さが可愛らしく思えてならない。
「名前は無いのかな? あっても言えない、とか……あ、じゃあ……ウルスラって言う名前はどうかな? 聖なる乙女って意味なんだ。素敵な名前だろう? 君をそう呼んでも良いかな?」
ルーファスがそう言うと、その精霊は少し驚いたような顔をして、それから嬉しそうに、そして今にも泣き出しそうな顔をして微笑んだ。
その日からルーファスはその精霊をウルスラと呼んだ。
王城へ戻り、国王フェルディナンに報告をする。その時、フェルディナンはルーファスの様子が可笑しい事に気づく。
ルーファスはウルスラの事を全く覚えていなかったのだ。
部屋で一緒に過ごしていた事もあったのに、それすら記憶が乏しく覚えていない様子で、ウルスラを見つけ出せなかった事で心に負担がかかったのかと、フェルディナンは追及せずにいるしかなかった。
フェルディナンからすれば、慈愛の女神の力はルーファスが得たのだからもう何も問題ないと思っていて、だから覚えていなくともそれで構わないと考えた。
オリビアも、何も覚えていないルーファスにウルスラの事を何も聞けずに、言えずにいた。
なぜなら、ルーファスは自分には精霊が見えていて、今傍にいるのはウルスラという綺麗な精霊だと言っていたのを聞いたからだ。
その精霊は髪が白く、瞳は右が空色で左が赤色で、それは可愛らしく美しい精霊なのだと言っていて、本当の名前は何も話さないから分からないが、ウルスラと呼ぶことにしたと嬉しそうに言うのだ。
なぜそうなったのか、ウルスラはどうなったのかを知りたい気持ちは誰よりもあったオリビアだったけれど、精霊だと言うウルスラの事を嬉しそうに話すルーファスを見て、何も聞けなくなってしまったのだった。
そんな事があってから、周りの者達はルーファスにここで一緒に暮らした慈愛の女神の生まれ変わりであるウルスラの事は、誰も何も言わないようにと暗黙の了解となっていた。
その後……
魔物が出現したと報告を受けてから、それはアッサルム王国だけに留まらず、近隣の国でも魔物被害が出始める。
魔物の出現率はアッサルム王国が最も多く、次に近隣の国となっていて、アッサルム王国から広がっていってるようにも思える程だった。
それがウルスラを悲しませた代償だと知るのはオリビアだけだった。しかしそれを誰にも告げることは無かった。
慈愛の女神の加護を得たと言われたアッサルム王国は、その後ルーファスが国王となり統治していく事で、より発展していった。
だがそれは、ルーファスのとった采配が功を奏しただけであった。
アッサルム王国はその領土を大きく広げていき、その名をこの地方の名称であるボタメミア国と変えた。
ウルスラは精霊となり、ルーファスと共にこの地を守る事に尽力した。常に共にあるルーファスとウルスラは、触れる事は出来ずとも幸せであった。
しかし精霊となったウルスラが幸せを感じたとしても、もうこの地を豊かにする事は出来なかった。人から精霊へと変わる瞬間、加護と言われていた女神の力をルーファスに使い、ウルスラは精霊となったのだ。
そうした事でルーファスは助かった。
ウルスラが使えるのは、ルーファスに渡さなかった浄化の力と、フューリズから奪った呪いの力だけだった。
ウルスラは魂だけの存在となってから、復讐の女神が元は自分であった事を思い出した。
それはむかし昔の事。
この地を生き返らせるべく奮闘していた青年に加護を与えようとした時、その必要はないと自分の中のもう一つの感情が抗議した。
自分はこの青年を気に入っていた。だから加護を与えたかった。けれど、それを拒む存在が自分にいる事で均整が取れなくなってしまった。
日に日にそれは酷くなっていき、大きく別れてしまった意思は分裂し、そして魂は二つに別れた。
こうして、良心の魂と悪心の魂が別れてからは、良心の魂は慈愛の女神へと、悪心の魂は復讐の女神へと変わっていったのだ。
二人は対となる存在。しかし別れてしまったが為に、神として加護を与える事が出来なくなってしまったのだ。
二人の意思が伴わないと、女神である以上加護を与える事は出来なかったからだ。
だから人として生まれてきた。その力を持って、青年を助ける為に。
そして慈愛の女神が人として生まれて来るとき、復讐の女神も人として生まれて来ることになった。
こうして生まれた二人の生まれ変わりは、運命を絡ませながらも互いに相容れる事は決してなかった。そして二度と一人に戻る事もなかった。
ウルスラはルーファスに言葉を紡ぐ事をしなかった。それは夢の精霊との約束だったからだ。
ウルスラは精霊となり、ルーファスと触れ合う事が出来なくなった。それを不憫に思った夢の精霊は、ルーファスの夢の中にウルスラが入れるようにする事が出来るようにしたのだ。
夢の中では二人は触れ合える。愛し合える。語り合え、慈しみ合える。
それを夢でおさめるために、現実ではウルスラに声を出さないようにと、それを条件にしたのだ。
ウルスラはその条件を飲んだ。当然だ。愛しいルーファスと触れ合えるのだから。そして夢では話す事が出来るのだから。
今日も一人眠るルーファスに、ウルスラは体を重ねて入っていく。そうしてルーファスの夢に入っていくのだ。
そこは森の中。あの小屋があり、足元には沢山の薬草の花が咲いている、ウルスラの安心できる場所であった森の中。
「ルー!」
「ウルスラ、ここにいたんだね。会いたかった」
「うん、私も会いたかった!」
二人は抱き合って唇を重ねる。
それは『好きの証』
「ウルスラ……こうして夢でしか触れ合えないのがもどかしい。いつもウルスラと触れ合っていたい……」
「そうだね……でも私はこれで充分。ルーとずっと一緒にいられて、こうして抱き合えるんだから……」
「あぁ……そうだな……ウルスラ……愛している……」
「うん……私も……愛している……」
そうして二人はお互いを求めるように体を重ねる。
慈愛の女神とか、青年の生まれ変わりとか、王であるとか精霊だとか、そういった事はその時の二人にはどうでも良かった。
ただ愛しい人と抱き合える。愛し合える。それだけで充分だったのだ。
そうして時は流れていく
ルーファスは誰とも婚姻を結ぶ事なく、生涯一人で過ごした。しかし、ルーファスはいつも幸せそうだったと文献には残されている。
ルーファスの功績は大きく、領土を広げ、貧富の差を無くす事に尽力し、国を豊かにしていった。
最も偉大で心優しい王だったと名を馳せる事となった。
その後、嫡子のいなかったルーファスに変わり、時期国王は王弟の息子が継いだ。
歳を取り、体が動かなくなっても、夢の中では若かりし頃のままウルスラと共にあれるルーファスは、幸せそうに微笑みながらその生涯を終えた。
ルーファスは誰に向かって言ったのか、遺言のように
「この国を頼む」
と言ったのをウルスラは覚えていて、それからは国王となる者の傍にいて力を貸す事にした。
ルーファスが天に還っても、ウルスラは一人この世に残る事になったが、愛された記憶は今もなおウルスラに幸せをもたらすようだった。
それは慈愛の女神だったからなのか……
そうしてこの国は常に安定し、豊かで穏やかな国となった。
それは女神が望んだ姿だった。
ウルスラが望んだ姿だった。
慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を成した時、その者を守り慈しむ事ができれば、この国の繁栄は揺るがないものとなる。
それは預言者ナギラスが言った預言だった。
しかしそれが事実とは異なる事を知るものは誰もいなかった。
それでもウルスラは、この平和な国を見ながら嬉しそうに微笑むのだった。
ルーファスと共に過ごしたこの国を尊び、幸せそうに微笑むのだった。
「ルー、今日はね、王様のところに赤ちゃんが生まれたの。男の子なんだって。今から見に行くの。ねぇ、今日も良いお天気だよ。ルーは私を見ててくれているのかなぁ?」
空に向かってルーファスに話しかけて、ウルスラはニッコリ微笑んだ。
その姿は変わらず美しく、白い髪に瞳は空と赤のオッドアイで、それらも美しさに拍車をかけているようだった。
ウルスラは今日も王都を駆け巡る。その後には穏やかで優しい風が吹く。人々はその風が吹くと安らいだ気持ちになった。
それはまるで、慈愛の女神の加護のようだった。
《完》
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