1人が本棚に入れています
本棚に追加
そして俺にも、指令が言い渡されている。
みんなも薄々感づいているだろう?
そう。うん……。実に悲しいことだ。
「人間を絶滅させよ」
今しがた、俺は上司からそう通達された。
実は人類全滅命令が出されたのは初めてではない。過去に数回言い渡されたことがあったがその時は、“人間同士に殺し合い”をさせたり、異常気象や感染症を起こして人間の数を減らすことで大目にみてもらっていた。
だが今回はそういうわけにもいかない。上司からは直々に、
「お前が神様を辞めるか、人間を滅ぼすかのどちらか以外に選択肢はない」
ときっぱり言われてしまった。
俺は困り果てている。正直、神様はやめたくない。上司は面倒くさいが、最低限の仕事さえしっかりこなせば基本は自分の思うままに世界を操作しても良いのだ。こんな魅力的な仕事はなかなかない。
もちろん、楽なことばかりではない。人間みたいな生き物を作ったせいで、俺の仕事量は莫大に増えた。なにせ、
「神様、結婚させてください」
「神様、試験に合格させてください」
「神様、明日は晴れにしてください」
「神様、お金持ちにしてください」
「神様、あと5キロ痩せさせてください」
「神様、プロ野球選手にしてください」
「神様、神様、神様、神様、神様、神様、、、、、、、、」
これの繰り返しだ。
いい加減にしてくれ。お前たち人間はいったいどれだけ俺に願えば気が済むんだ。
俺は毎日休む間もなくお前たちの願いに耳を傾けているというのに、一度だって感謝されたためしがない。まったく、可愛げもあったものじゃない。
だがしかし、俺は人間が好きだ。俺が生み出したからというのも勿論だが、“人間”という生き物自体の生態が俺の好みだ。
自分の頭で物事を考え、困難を突破していく。知恵を絞って、食糧を手に入れる。土地を開拓し、住居を造り、生息区域を拡大していく。見ていて飽きることがなかった(他の生物を蔑ろにする点は許容できないがな)。
もちろん、お前たちがどんなに知恵を絞ったところで、俺たち神様の正体を突き止めることは絶対に不可能だ。だが、“知りたい”という探究心のままに思考を巡らせる姿勢は嫌いじゃない。
そして、俺が最も興味深いと感じているのは、人間には『恋愛』と呼ばれる習性があることだ。
どういうわけか、人間は異性に対して好意を抱き、所有したいと願う本能がある。歴代神様がプログラムした“子孫繁栄の本能”では説明できないほど、人間はある特定の異性に好意を抱く。きっと俺が人間を作った時にバグのようなものが生じたのだろう。奇しくも俺が優秀でないばかりに、人間は恋愛を憶え思考を巡らせて繁栄していった(良い悪いは別として)。
偶然が作り出した美しい生物を俺は見捨てたくない。
空も飛べず、鋭い牙も持たず、水の中では呼吸もできない。それなのに他種に負けない強さがある。異性を愛でる優しさがある。儚くも美しい生物なんだよ、人間っていうのは。
俺も恋をしてみたいよ。
自分以外の存在を大切に想い、命をかけて尽くすっていうのはきっと素晴らしいんだろうな。
俺は神様だから特定の存在を擁護することはできない。人間にだけ贔屓に力を使うことは許されない。だけど、どうしても俺は人間を絶滅させたくない。
だから、俺は神様をやめることにした。
最初のコメントを投稿しよう!