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常連
「こんにちは」
開店直後、まだ朝の10時にもかかわらず1人の初老の男性が来た。
「あっ、時雨さん。こんにちは」
葉月は時雨ににこやかに挨拶した。
「今日はまた一段と早いんですね」
「なに、年寄りは朝も夜も早いんじゃよ。それより今日も葉月ちゃん1人かい?美和子さんはどうしたんじゃ」
「そんな、時雨さんはまだまだお若いですよ。お母さんならいつも通り看護のお仕事ですよ」
時雨と葉月は何気ない会話をして和んでいた。
「美和子さんも葉月ちゃんも大変じゃの。雪さんこのお茶屋を2人で一生懸命残しておる」
雪は美和子の夫、葉月の父親に当たる人物である。
「ちょっとは大変ですけどね。でもそれ以上に楽しいですから」
葉月の顔には営業スマイルとは似ても似つかぬ本物の笑顔がずっと残っている。
「雪さんも天国で喜んどるじゃろう」
時雨はほのぼのと言った。
『一茶』はもともと一茶 雪の家系が営んできたお茶屋だ。その雪は3年前交通事故に遭ってしまい命を落とした。
雪には兄弟がいたがその誰も店を継ぎたくないと言い土地を売ろうとした。
しかし美和子と葉月にとっては雪と過ごしたかけがえのない場所。
故に美和子は看護の仕事をやりながら、葉月は学業をしながら2人で店を切り盛りすることにした。
「お手伝いの人でも雇えばいいのに」
「時雨さん、そんなの無理ですよ。そんなお金うちにはないですもん」
葉月は少し苦笑いをした。
「まぁ、わしとしては葉月ちゃんのかわいい顔を独り占めできていいんじゃがのぉ」
「もう、時雨さんったら。またそんなことを」
時雨と葉月はお互いの顔を見てクスリと笑った。
たしかに葉月の顔はモデルのようとまではいかなくとも整っている。
「それで今日はいつもの茶葉ですか」
「おおそうじゃ。お願いできるかの」
「はい、わかりました。少々お待ちください」
笑顔でそう言うと葉月は奥に入っていった。
「はいどうぞ」
「いつもすまんの。ここの茶葉じゃないとどうしてもだめでな」
「いえいえ。喜んでもらえてこちらがうれしいです」
時雨のうれしそうな顔にひかれるように葉月も笑った。
「それじゃあ、葉月ちゃん。頑張ってな」
時雨は受け取った茶葉を持って出ようとしていた。
「またのお越しをお待ちしております」
葉月は頭を下げながら見送ろうとした。
「おっ、そうじゃ葉月さん」
何かを思い出したように時雨は振り返った。
「どうされました?」
不思議そうに葉月は笑顔の時雨に聞いた。
「『余り茶に福あり』じゃよ。忘れずに頑張り」
それだけ言うと時雨は帰って行った。
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