野菜炒めの奇跡

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「加藤さんっっ‼︎ どういうことなの、これはっ‼︎」 事務所に飛び込むと、大谷さんが普段よりは抑えてはいるが、それでも十分大きな声で、その怒りを浴びせてきた。 奥では、社長が神妙な面持ちで、電話の受話器を握っている。時々、頭を下げるように頷いているのを見て、私は大変なことをしでかしたということの現実味を感じた。 「本当にすみません、明日の日付の発送で、オッケーをもらっていたので、」 言い訳ではないが、そうお客様が言っていたのに間違いはないはず。 けれど、大谷さんは責めるようにして騒ぎ立てた。 「何を言っているのっ‼︎ 斉藤さんは、そんなことは言っていないと言っているわよっ」 「え、」 「明日が結婚式なんだから、そんなこと言うはずないって。引き出物に使うのに、当日なわけないでしょって‼︎」 「……そんな、」 私は、陶磁器を扱うネットショップを経営している、この「シミズ商会」で、受注発注の事務の仕事をしている。陶磁器は、生活必需品として普段使いに加え、贈答用としてもまだ根強い人気があり、地域の小規模企業の中でもまずまずの業績を出していた。 『安定した職を選ぶこと』 その基準は、常に私の中にある。そしてそれが、この仕事に就いた理由。 ネットショップはこれからも絶対に衰退しないと言い切れるし、特に陶磁器は、生活の中では一番使われているものの筆頭に挙げられる。人間の『食』『料理』とは切っても切り離せないものだからだ。 シングルマザーとしては、この安定した会社に勤められるのはありがたかったし、お局さんの大谷さん以外は社長を始め皆、気さくな人ばかりだったので、私はなるべく定年まで、この会社で勤め上げたいと常々思っていたのだった。 それが。 私は、受注書類をファイリングしてある分厚いファイルを棚から取り出した。 サ行の欄を、手早くめくる。 斉藤様の書類を見ると、確かにそこには覚えていた日付が記されていた。 『2/23 前日着』 さああっと、血の気が引いていった。『前日』をなぜか見落としていた。日付を見ての発送と思い込んでしまったのだ。 「うそっ」 私は急いで、事務所の隣にある大きな倉庫へと向かった。 ネットショップの受注発注の事務と言っても、倉庫を走り回って商品を探し出し、ギフト用に包装して配送会社へと手配するまでが仕事の、いわゆる雑務係でもある。倉庫のどこに目当ての商品が置かれているのかは、頭に入っていた。 一直線に向かう。 包装と梱包はすでに終えているので、発送伝票を貼れば、直ぐにも配送会社へと引き渡せる。けれど、今から送ったとしても、明日には着かないのは明白だ。 「どうしよう、」 自分のミスだ。やってはいけないミスをしてしまった。 大谷さんが怒鳴って電話を掛けてきたのもわかる、それほどの重大なミスだ。 今となってはなぜ、こんな勘違いをしたのかもわからない。頭は混乱して、心もさらに混乱した。 「どうしよう、どうしよう、」 発送伝票を見る。何度見ても事態は変わらない。動揺で目が泳いでいるのだろうか、焦点が定まらないほどだ。 私は気が遠くなりそうな頭を何とか抱えて、ふらふらとした足取りで事務所に戻ろうとした。 (社長と電話を代わって、まずは謝らないと……)
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