12月3日(木)

1/9
前へ
/76ページ
次へ

12月3日(木)

終業のチャイムが中学校中に鳴り響く。 一年三組の教室にて。今日返されたばかりの二学期末テストの解答用紙を鞄に詰め込みながら、中学一年生の女子生徒・美星(みほし)はこの後ある部活について思考を巡らせていた。そこに元気いっぱいの声が飛んでくる。 「み、ほ、しっ!やばいよね~、三年の先輩が二人も行方不明になってたなんて。なんか家出だったらしいけど?それも二週間!高校生とか他校の中学生の子とも一緒に居たみたいだよ。いや~マジ青春してて羨ましいわ~」 そう言って明るくケラケラと笑うのは、隣の席の親友である海月(みつき)だ。考えるより先に動く派で、あっけらかんとした正直者。燃えるような赤いショートヘアとルビー色の瞳が、太陽のように明るい性格を際立たせている。彼女とは同じ小学校出身で、小学一年生の頃からずっと仲良しだ。名前が似ていたというのもある。いつも笑顔で抜けている彼女に、真面目でつい物事を慎重に考えがちな美星は助けられる事がしばしばあった。家出イコール青春という思考回路は理解できる気がしないが。 「らしいね~。無事で良かったよ」 「ホント不思議だよね。食べ物とかどうしてたんだろ?…って、はっ!しまった!連絡ノート書いてないっ」 海月は慌てて連絡ノートを取り出して、ホワイトボードに書かれた明日の時間割をいそいそと写し始めた。美星は微笑みながらそれを眺め、ふとノートに書いてある今日の日付が目に入った。 「そっか、もう12月なんだよね。早いなぁ」 「ほんとにねっ。もうすぐクリスマスだよクリスマス!今年はサンタさんに何貰おっかな~」 どうやら海月はまだサンタさんの存在を信じているらしい。子供の純粋無垢な夢を壊すのはきっと、死刑でも到底償えない罪になってしまう。美星は海月の言葉にうんうんと相槌を打ち、サンタさん発言はさりげなくスルーした。 「今日は12月3日だから、クリスマスまであと三週間ちょっとか。私は画材欲しいなぁ」 「美星ホント絵好きだよね。さっきもぼーっとしてたけど、絶対部活のこと考えてたでしょ!」 「うん、個人制作はテストの前に終わっちゃったから。今日から何するのかなって」 「そうなんだ。も~、昨日で期末テスト終わったとかホントに最高!勉強地獄から抜け出して、晴れて遊び天国だっ!」 「海月点数悪かったんじゃない?大丈夫?」 「あっ…。まあお父さんやお母さんに見つからないように隠せばいいし!インペイすればいい話だし!」 「そう言ってこないだの中間は見つかって痛い目に遭ってたよね」 「ア゙ア゙~黒歴史引きずり出さないでっ!でも何とかなるはず、中間は数学35点だったけど今回は36点だから!そういえば聞いてなかったけど美星はどうだったっ?」 「上がったの1点だけじゃん。私下がったんだよね~、65点」 「え!?65点も下がったの!?」 「そりゃないよ。今回の点数が65点。下がったのは5点」 「うぉ~う下がっても高得点じゃ~ん。ジュース奢るから解答用紙交換しよ?なんなら画材も買ってあげるから。ね?」 「画材欲しいけどやめとくよ。高得点は己の手で掴み取るものだよ。といっても私もそこまで高い点じゃないけど。平均よりは高いけど」 「ぐッ!海月ちゃん撃沈のお知らせ!」 ノートを書く手を止めて机に突っ伏し、呻く海月に苦笑しながら、美星はまた思考を部活に戻した。 美星は美術部に所属していて、絵が大好きだ。絵への愛なら誰にも負けないという並々ならぬ自信だってある。 期末テストは11月30日から12月2日までの3日間で実施され、幾つかの教科は今日返却された。文化祭が終わり11月に入ってから顧問に、秋をテーマにした絵を一人で描くという課題を出されたが、その期間も期末テスト前で終了のはずだ。既に美星は、完成した絵を家に持って帰り部屋に飾っていた。ということで、今日から一体何の活動をするのか分からないのである。 「ホームルーム始めますよ~。手を止めて話を聞いてください」 担任の呼びかける声にはっとして、美星は開けっ放しだった鞄を閉めて前を向いた。海月も連絡ノートを書き終わったようで、シャーペンをペンケースに閉まって椅子に座り直す。そしてホームルームが始まった。
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加