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「神様、お願いします。ママを助けてください」  俺の住む(ほこら)の前で、小さな手で柏手(かじわで)を打って祈っているのは、まだ10歳にも満たないであろう男の子だ。いまどきの子供には珍しく薄汚れた服を着ているし、長らく散髪されていないボサボサ頭を見るに、かなり問題のある家庭の子供であると察せられる。  そんな子供が俺の祠に神頼みに訪れているのだ。  まあ確かに俺は神様ではある。  かつては山岳地帯だったこのあたりが、50年ほど前にニュータウンとして開発され団地が建てられたときに祭られた鎮守神ということになっている。  俺はもともとは、このあたりの山村に住んでいた単なる木こりで、親譲りの酒好きが災いして四十にもならないうちに妻子を残してくたばっちまった、つまらない男だ。  村の風習で神式で葬られたおかげで、有象無象の神々の端っこということになったのだが、ここに団地が出来た際に、どっかの宮司がいい加減な祭り上げをしたせいで、なんでか俺がここの祭神になってしまったというわけだ。  団地の外れの小さな祠に参る者なんか居ない。  せいぜい自治会の役員が時どき(さかき)とお神酒(みき)を供えに来てくれるくらいのものだ。  俺はそれで満足している。  こんな俺に大した神力などあろうはずもないから、あまり真剣に神頼みなんかされても困るのだ。 「神様、お願いします。あいつをやっつけてください。もう家に来ないようにしてください」  男の子は毎日のようにやってくるようになった。  そのたびに10円玉や、ラムネや飴などのお菓子を供えてくれる。  この団地の神様になっておよそ50年の間、これほど真剣に祈られたことはこれまでなかった。  とても気になるのは、この子の手足に青い打ち身のような痣が増えていることだ。  この子が今、相当に面倒な問題を抱えているであろうことは間違いないし、それを俺の力でなんとかできるとも思えないのだが、俺もかつては人の親だった。  そう、ちょうどこの子くらいの息子を残して死んだのが、今思い出してもたまらないほど心残りだった。  そんなわけもあって柄にもなく俺はこの子のためにひと肌脱ごうと思ったのだ。  神と言っても俺は全知全能などではないので、まずはこの子の現状を探らねばならない。  しかし俺は肉体を持っていないし、俺が直接神力を発揮できる範囲は恐ろしく狭い。  この祠の周辺数メートルと、祠の手前にあるちっぽけな鳥居までが俺の神域である。  まったくもって団地の守護神として俺は役立たずなのだが、さてどうしたものか・・。
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