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 ひと月ぶりに、自治会の若い男が榊とお神酒を持ってやって来た。  年のころは30歳前後といったところか、ひょろりとして虚弱そうな男だが、それでも動き回れる体には違いないので、これは絶好の機会である。  そこで俺の神域内で使える数少ない力のひとつ、憑依を試みた。  『おい、お前。俺の声が聞こえるか?』  憑依した男に話しかけてみた。 「え、え?何?誰?」  男はキョロキョロあたりを見回しながら、かなり狼狽えている。小心な男だ。 『俺はここの氏神だよ。お前に憑依した』 「え、神様?あの、僕なんか悪いことしましたか?ごめんなさい。祟らないでください」  面倒くさいので、この男の記憶を探った。  名前は佐藤一郎、歳は28、ここの団地では珍しい一人暮らし、職業はフリーのライターといえば聞こえが良いが、低単価の売文業だ。 『彼女居ない歴=年齢?お前、いい歳して童貞なのか?』 「ちょっ、恥ずかしいこと言わないでください。ていうか、神様だったらそこんとこ、なんとか助けてくださいよ」  泣き出しそうな情けない声ではあったが、佐藤が言い返してきた。  こう見えてこいつ、なかなか順応力は高いようだ。 『お前の働き次第で面倒見てやらんこともないぞ。だから俺を手伝え』 「本当に助けてくれるんですか?神様、それで僕に何をやれと?」 『この祠に毎日願をかけにくる子供がいる。ああお前知ってるな。そうだその田代勇斗って子だ』  佐藤の記憶を探ると、勇斗の抱えている問題は大方掴めた。  勇斗は現在8歳で母親の田代恵美と二人暮らし。父親とは6歳の頃に死に別れている。  以後は母親が近所のスーパーマーケットに勤務して勇斗を育てていたが、そんな家庭に半年ほど前に転がり込んできたのが、務め先のスーパーの客だった、木村という男だ。  木村は一見、イケメンの優男なのだが、その実は見事なクズ男で、働きもせず一日中パチンコ通い。家に帰ると近所に響きわたる大声で怒鳴りちらし、母子に暴力を奮っている。 『ちょっと待て。それを近所中が知ってるのなら、なぜ助けない?警察とか児相とかあるだろ?勇斗の通っている小学校は何をやってる?』  佐藤はため息混じりの声で答えた。 「最初は近所の人が通報してたみたいなんですよ。でもね、警察はもっと事件にならないと家庭内の揉め事じゃあ動きません。児相は2度ほど来たそうですが、それきりです。しかもその後が大変で」 『何があった?』 「木村が近所中に怒鳴り込みました。誰が通報したってね。小学校にも怒鳴り込んだそうです。それ以来、みんなびびってしまって、誰もあの家族には関わろとしません」  ひどい話だ。  身体中に痣のある、明らかに虐待を受けている子供を、誰もが見て見ぬふりをしている。  そんな子供がどうしようもなく助けを求めてきたのが、団地の片隅で打ち捨てられていたような俺の祠だったのだ。  これを捨て置いては、俺は神とは言えない。 『よし、佐藤。勇斗を助けに行くぞ』    
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