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令和30年 葬儀場
けれど、礼人は死んだ。
実にあっさりと、心筋梗塞なんていう何の面白みもない死因で、唐突に死んだ。
それを聞いた時、千夜は思いのほかショックを受けなかった。
「そういえば、そうだったな」
ぼんやりと、両親が死んだときのことを思い出していた。
人は死ぬ。
人生は脚本のないドラマだ。
なんて台詞があるけど、脚本がないからこそなんの盛り上がりもなく、死ぬときは死ぬのだ。
千夜は、人なんてものは唐突に死ぬし、幸福だって唐突になくなるのだと再確認した。
なんなら、これから祖父だって死ぬのだ。
夫が死んだからといって、打ちひしがれていたら身が持たない。
死んだら人は終わりだ。
何も残りはしない。
通夜の間、そう思っていた。
通夜が終わり、多くの人が慰めの言葉を千夜へとかけてくれた。
最初、千夜はそれらの言葉を聞き流していた。
通夜における社交辞令だと思っていた。
けれど、そのうちに疑問がわいてきた。
人付き合いの苦手な千夜に、なぜこんなにも多くの人が声をかけてくれるのか。
改めてみると、声をかけてくれている人は、商店街の会合などで礼人が相談に乗っていた相手だった。
助手という名目で、千夜も何度か話をしたことがあった。
そうして、周りを見渡すと声をかけてくれる弔問客は、礼人が相談に乗ったりコミュニケーションをとって、その流れで千夜ともつながりを持っていた。
弔問客がみんな帰ってしまい、葬儀場において線香の火を絶やさないようにしていた千夜に、礼人の両親が言った。
「ありがとう。キミが礼人の隣にいてくれてよかった。
何かあれば私たちも助けになるから」
その言葉に、どれだけの思いが込められていただろうか。
本来なら赤の他人になってしまった千夜に、礼人の両親は本当の親のように情をもって接してくれいていることが分かった。
礼人は死んだ。
けれど、千夜の中にも、礼人の両親の中にも、確かに礼人の思い出は生きているのだと確信できた。
線香の番を礼人の両親に少しだけ任せて、千夜は葬儀場の外に出た。
今の姿を誰にも見られたくはなかった。
礼人の思い出に自分なりのけじめをつけて、明日から歩き出そうと思った。
出会えた感謝と別れの悲しみ。
「ありがとう」
つぶやく。
涙が、一筋だけ流れた。
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