令和30年 葬儀場 通夜終了

1/1
前へ
/12ページ
次へ

令和30年 葬儀場 通夜終了

弔問客たちは、いまだ長い列を為している。 千夜に向けて少なくない言葉を一人一人がかけているので、列の進みも遅くなっているのだ。 あの時の映像は、先輩に事情を話した結果お蔵入りとなった。 ただ、どういう作用なのか、礼人が黒アカと聞いた先輩は、そのままユーチューバーをやめて就職してしまった。 現在は、田舎に家を買い、その土地で今の奥さんと結婚し、子供も生まれて幸せに暮らしているらしい。 電撃引退だったが、後悔をしている様子はなかった。 先輩に理由を聞いたところ。 「ネットに俺の幸せがないって気づいたんだよ」 とのことだった。 法太郎にはよくわからない。 スマホの中の写真をスライドさせていく。 あの後、法太郎はユーチューバーとして礼人に弟子入りした。 それというのも、黒アカになるほどの違法行為は、基本的にかなり大規模な物でそれほど大規模な違法行為とは、かなり人気の配信者でなければ不可能だったからだ。 しかも、礼人の動画など痕跡は消え去っている。 ユーチューバーとしての礼人のノウハウは誰にも残っていないと言うことになる。 ただ、黒アカ=元人気ユーチューバーというのは、法太郎の思い込みに過ぎなかった。 ブロガーでも違法アップロードでも黒アカには十分なり得る。 礼人の場合、たまたま法太郎の思い込み通り、ユーチューバーであり名前だけは法太郎も聞いたことがあった。 礼人も最初は渋っていた物の、簡単なアドバイスくらいならという条件で弟子入りを認めてくれた。 現在、法太郎がユーチューバーとして立派にやっていけているのは、礼人のおかげといっても過言ではない。 思い出に浸っていると、手元のスマホが多数決のアンケートを受信した。 このアンケートは、使用者がスマホを見ているときしか配信されないようになっている。 特に考えることなく、法太郎は機械的にアンケートに答える。 結果は多数派。 ポイントをゲットすることができた。 昔はこの多数決で多数に入ることが苦手だったが、現在では大体多数派にはいることができる。 法太郎が多数決の方向を読めてきた、というより、なんとなく時代が法太郎の倫理観に追いついてきた、という感覚が近い。 「お兄ちゃん。多部先生どうしたの、明日の授業来るよね」 声の方を見ると、小学生くらいの子供がこの辺で名門と呼ばれる高校の制服を着た少年の足にしがみついている。 見たことがないはずの、制服の少年になぜか法太郎は既視感を覚えた。 よくよく見ると、そこはいわゆる偏差値が高いと言われる学校の制服をきた少年少女がひとかたまりになって泣いている。 奇妙なのは、彼らの学校がバラバラということだ。 ブレザーもいれば、学ランもいるし、セーラー服もいれば、詰め襟もいる。 しがみつかれていた少年が、すっとかがんだ。 その様子に、昔見た光景がフラッシュバックする。 「先生とはな。お別れなんだ。授業にはこれないんだ」 「え~!やだよ」 「おれだってやだよ」 そう言って、少年は弟と思われる子供を抱きしめ、静かに嗚咽を漏らし始めた。 子供はというと、普段とは違う兄の様子に何か感じる物があったのか、それともようやく事態を理解したのか。 きょとんとした後、盛大に泣き始めた。 その泣き声が引き金になったのか、制服の集団の嗚咽は一人、また一人と号泣へと変わっていく。 法太郎は思い出した。 あの少年は、あの時公園で礼人に駆け寄っていった子供だ。 よく見ると、弟の方には面影がある。 あの時子供だったのに、もうあんなに大きくなったのかと思うと、感慨深い物がある。 そうなると、あの集団は礼人の教え子たちだろう。 彼がどれだけ慕われていたのか、教え子の様子を見ればわかる気がした。 今の瞬間を配信してれば、アクセス数を稼げたな。 法太郎の中のユーチューバーがそっとつぶやいた。 けれど、法太郎は彼らにカメラを向けることはなかった。 こういうのは一連の流れがあってこそだ。 今泣いている彼らを映したところで、それは子供が泣いているだけの映像で、視聴者に何も語りかける物がない。 プロとしてたるんでいるのかもしれないと、法太郎は思ったが、すかさずカメラを構えることすら忘れるほどに、礼人の死がショックだったのだと思い直した。 そして、泣き崩れる礼人の教え子の集団の中で、一人だけまっすぐと立って、礼人の遺影を見つめている人物を見つけた。 学生の集団の中で、彼だけは白髪だらけで顔もしわだらけで、一目で60代を超えていることがわかる。 全体的に恰幅は良く、街の社長という風格がある。 法太郎は彼のことを知っていた。 礼人の働いていた塾の塾長だ。 名前は、折田民雄。 何度か法太郎も話したことがあるが、豪快で明るい好人物だった。 法太郎自身は、豪快すぎるし距離感が近すぎると感じていたが、礼人はかなり民雄になついているようだった。 それに、礼人の妻である千夜は民雄の生徒だったらしく親しくしているようだった。 民雄の塾は小さな個人経営で、社員は礼人と事務の女性一人ずつ。 賃貸ビルを借りて経営していた。 ただ、おかしなことにHPや公式のSNSアカウントがなく、現役の塾生だけが書き込めるクローズのコミュニティがあるほかは、電話番号すらみつからなかった。 そして、ネットには。 「★一つ、暴力教師が犯罪者と経営してる塾」 そんな書き込みが放置されていた。 法太郎がすぐに通報して消したが、あれは本当に根拠のないものなのか。民雄と礼人の人間性を信頼していても、いや、信頼しているからこそ法太郎はそのことを聞くことができなかった。 礼人がなぜ黒アカになったのか。なぜ民雄の元で働くようになったのか。民雄と礼人の間にある不可思議な信頼関係は何なのか。 そういった過去を、法太郎は一切知らない。 法太郎の視線の先では、民雄が礼人の遺影をただただ呆然と見つめている。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加