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令和20~30年 回想 多部千夜 旧姓 風池千夜①
千夜が礼人と出会ったのは、高校を卒業してしばらくしてからのことだった。
大学に進学しなかった千夜は、祖父の御茶屋を継ぐべく、祖父について仕入れや近所づきあい、挨拶回りや商品管理など、様々なことを学んでいた。
大学や専門学校で経営について学ぶというのも選択肢としてはあった。
けれど、商店街の小さな御茶屋においては理論よりも年月、地域でどれだけ付き合いがあるかが重視される傾向にある。
机上の理論よりも、その地域に根ざした経営が求められる。
祖父からそう教わっていたし、千夜自身そう考えていた。
だから、千夜は最初の頃、礼人が嫌いだった。
大学を卒業して、ふらっと街に現れて、礼人は民雄の代理として商店街の会合に何度か現れた。
そして、現れるたびに礼人の周りに人が増えていった。
人付き合いの苦手な千夜は、まず礼人の社交性の高さがうらやましかった。
自分が何年も付き合ってきてやっと打ち解け始めた輪の中に、すんなり入り込める礼人は、千夜のコンプレックスを刺激した。
「折田先生。なんなんですか。あの人」
「あん?礼人のことか。
あいつなんかやったのか」
高校時代、落第しないように千夜が入った塾。
当時の千夜の成績はそれほどにひどかった。
その塾長が民雄だった。
卒業してからも、なんとなく色々な相談に乗ってもらっており、千夜にとって先生というと、学校の教師を飛び越えて民雄を指す言葉となっている。
だから、礼人についての愚痴も気兼ねなく民雄にこぼした。
あわよくば、礼人の社交性の高さについてコツでも探れればといいう思いもあった。
「・・・・・・、いえ、何をしたと言うことではないです。
あの人組合に溶け込むの早すぎないかなとか。
賄賂でも渡してるのかなとか」
「ああ、そういうことか」
民雄は、どこかほっとしたように見えた。
「つまり、あいつは受け入れられてるってことだよな」
言われて、千夜は「ぐっ」言葉に詰まった。
礼人が受け入れられているという事実の裏に、千夜があまり受け入れられていないという事実があるからだ。
「違うのか」
「・・・・・・、違いま、せん」
「なら良かった」
満足げに頷く民雄に、千夜はほおを膨らませた。
「あいつは、じいさんばあさん相手に色々教えてやってるみたいだからそれだろ」
「色々?」
「キャッシュレス決済とか、SNSの使い方とか。
デジタル系の仕事に使えること全般ってとこか。
あいつの得意分野だな」
ずるい。そんなの賄賂と一緒だ。
今までの地域に則したやり方を守るという教えの千夜にしてみると、キャッシュレスだデジタルだなんていう横文字は、異端であり敵国の言語だった。
ということで、ぽっとでの自分にない社交性をもった人間が、異端の技術で自分のコミュニティに入り込んできたという事実は、千夜に礼人への悪感情を抱かせるには十分だった。
それは、嫉妬とも言えたし憧れとも言えたかもしれない。
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