第1話 幸せの感度

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 幸せの定義がさらに狭まった。  峰岸さんの表情も少しだけ明るくなる。合点がいったのだろうか。  気づいたら結論に至っているのが、千鶴さんのひとりごとの特徴だ。 「だから、今の峰岸さんは幸せな状態って言っていいと思う。だって、仕事を辞めたいとか婚約を破棄したいとか、そういうことは考えていないって言うのだから」  峰岸さんは黙ってうなずいた。  今の千鶴さんに話しかけないほうがいいということを察してくれたのだろうか。 「そして将来に対する不安を抱えるのって、言ってしまえば当たり前だよね。このご時世だもん、誰だってそうだよ」  それはもちろん、僕だってそうだ。  今は順風満帆に仕事ができているけど、重大なミスを犯して首を切られるかもしれない。ある日突然お客さんが来なくなるかもしれない。自然災害とかで事務所の存続が危ぶまれるかもしれない。  言い出したらきりがない。 「そしてこの手の類の不安要素って、たいてい今の自分じゃどうにもならないことなんだよね」  自然災害とかはもちろん、他人の行動によるものも含まれるのだろうか。  だとすれば、僕は僕自身のミスだけ注意していればいい。そんなことは言うまでもなかった。
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