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神様、お願いします。どうか、素敵な彼氏が出来ますように。
平々凡々なわたしの、平々凡々な願い事。
この願いはすぐに叶った。
友達が、友達の同僚という男性を紹介してくれて、お膳立てされるままにお付き合いする事となり、ごく普通の恋人同士になった。
はず、だった。
「神様の嘘つき〜!」
ガランガランと乱暴に鐘を鳴らし、大奮発の千円札をお賽銭箱に押し込む。
「あの浮気男に天罰が下りますように!」
大きな声で叫び、力一杯手を叩いて心の底から願う。
ちょっと冴えないところが可愛いな。とか、目が合った時に笑ってくれて嬉しい。とか、ドキドキしてたのを全部返して欲しい。
仕事がちょっと立て込んでて。とか嘘ついて他の女とデート。
まぁこれは魔が差しちゃったってやつかもしれないけど、今月お金無くて……って言うからお金貸したら、そのお金でキャバクラってありえないし!デートの約束忘れて違う女と家でイチャイチャしてるとか本当最悪!
「もうヤダ……」
何で、こんな思いしなきゃいけないの?
好きだから、見てないフリしたのに。気付いてないフリしたのに。戻って来て欲しいから、オシャレして可愛いメイクしてご飯も作って、一生懸命笑顔でいたのに。
悔しくて、悲しくて、涙が溢れて止まらない。
「あの……」
不意に背後から掛けられた声に、心臓が止まるかと思った。
恐る恐る振り返ると、白い着物に水色の袴を穿いた少し歳上くらいの男の人が立っている。
彼は、振り向いたわたしの顔を見て、驚いたように目を見開いた。
「大丈夫、ではないですよね。良かったら、これどうぞ」
着物の懐から出されたポケットティッシュをありがたく受け取り、ぼろぼろの顔を拭く。
寂れた小さな神社だからって油断したけど、神主さんが居て当たり前だ。
「すみません……」
悲しいやら恥ずかしいやら、複雑な気持ちで謝罪の言葉を口にする。
「謝ることなんてありませんよ」
「彼氏に振られちゃって」
あはは。と、弁解するように笑ってみたけれど、一瞬止まったはずの涙がまたぶわっと溢れた。
「浮気されて、大事にもされなくなったのに、それでも好きで」
初対面の人にいきなり何言ってるんだろう。と、冷静に思う自分がいる一方で、誰でもいいから聞いて欲しいと思う自分もいる。
「わたしから、もういい別れるって言ったのに、追いかけて来てもらえなくて、悲しくて、嫌いなのに辛くて」
ぐずぐずと泣くわたしの言葉を、神主さんはうんうん、と静かに聞いてくれた。
どれくらいの時間だろうか、迷惑も考えず愚痴るわたしが落ち着くまで、側にいてくれた。
「本当に、色々すみません……」
そして更に、社務所で温かい甘酒をご馳走してくれている。
「いいんですよ、神社とは本来そういう場なのですから。それに、温かい飲み物を飲むと落ち着きますし」
「でも、いきなり嘘つき!とか叫ばれたらさすがに神様だって怒りません?」
罰当たっちゃうかな…。と呟いたわたしに、神主さんは小さく笑った。
「それよりもきっと、貴方がまた来てくれた事の方が嬉しいと思います」
「嬉しいって、どうしてですか?」
「ここは人が滅多に来ないので。お参りに来て下さる方がいるというのは、ありがたいことです」
その言葉に、すごく納得してしまう。
いつ来ても人の気配の無い寂れっぷり。
だからこそ、大声で叫んで泣けたのだけど。
「都会の中にあるとは思えない静けさですよね」
鳥居の向こうは人も車も目まぐるしく行き交っているというのに、そんな喧騒が全く聞こえて来ない。
時折吹く風の音以外は、静かに凪いだ空気が流れている。
「不要な人の目には入らないんですよ」
「不要?って?」
「聞いてくれる、縋る事が出来る人には、この場所は必要が無いんです」
確かに、そうかもしれない。
泣き喚く姿を見せられる相手がいたら、きっとわたしはここには来ていないだろう。
「なるほど……」
温かい甘酒で身体がほかほかになり、涙も止まって心がすっきりした気がする。
「今日は、ありがとうございました」
深々と頭を下げるわたしに、神主さんは優しい笑みを浮かべる。
「こちらこそ、ようこそお参り下さいました」
社務所を出て、もう一度神様に頭を下げて踵を返す。
最低最悪な気持ちだったのが、綺麗に浄化された。
鳥居を抜けて現実の喧騒に戻っても、踏み出す足は軽かった。
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