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あなたと二世の契りを
暗闇の中、腕の中に女物の着物を被った小柄な人物を抱えるようにして駆けている。深夜の不審火、木造家屋にはあっという間に火が回り、屋敷は崩落寸前、そんな中、自分は逃げ遅れたと報告のあった愛する人を助け出すために屋敷の中に飛び込んだのだ。
「……様、私の事などもう……」
「何を言う! そんな事、できる訳がないだろう!」
「ですが、私は足手纏い、どうか、御一人でお逃げください」
着物を頭から羽織り俯く女性の表情は見えない、だが声は震え、恐らく泣いているのは分かるのだ。
ああ、何故このような事に……
「……様、お慕い、申し上げておりました」
「……!」
腕の中のその人物が顔を上げようとしたその瞬間場面は暗転、喧しい目覚まし時計の音に叩き起こされたのだと目の前で机に突っ伏すようにして友人の琥太郎は吠えた。
「またこの夢、しかもまた顔見えなかったぁぁぁ!」
それは時代劇に出てくるような着物を着た武士と姫の姿。そして焼け落ちる屋敷。自分はたぶん武士の方、腕の中にいたのは自分が好いている相手だという事までは分かってる、だけどそれ以外はさっぱりなんだと頬杖をついて不貞腐れたように琥太郎は言った。
「これ前世の記憶ってやつなんだ。あの時彼女と俺は死んだんだろうけど、せめて名前が分かれば色々調べられるのに!」
学校の昼休み、今日の夢を反芻しつつ溜息を零しながら語る友人、琥太郎の話に耳を傾け、俺はブリックパックを咥えて「たかが夢じゃん」と雑に返事を返した。
「そんな厨二な夢、現実にある訳ないだろ。夢なんだからとっとと忘れちまえよ」
「でも絶対ただの夢じゃないって! ものすごくリアルなんだぞ、しかも何度も何度も」
「んなのよくある話だろ? 気にしてるから何度も見るだけで、現実的じゃない。それにそれがホントに前世の記憶だとして、だからどうすんだよ? 今のこの生活に何か影響あるか? 何もないだろう?」
「う……まぁ、そうなんだけどさ……」
相変らず不貞腐れたような表情の琥太郎は「それでもこれが前世の記憶なら一度くらい俺の姫(仮)に会ってみたいと思うじゃん」と、また机に突っ伏した。
「琥太郎はロマンチストだなぁ」
「うっせぇ」
「顔も名前も思い出せないくせに」
「そこは、仕方ねぇだろう! でも姫は絶対美人だった! 間違いない!」
名前すら憶えていないくせに、よくもそんな事断定できたものだと俺は苦笑する。
「でもさぁ、例えその当時その姫が超絶美人だったとしても、今生でも美人だとは限らなくないか? そもそも人として生まれてないかもしれないだろ? お前んちの猫、実はそれが生まれ変わりの姫だったらどうすんの?」
琥太郎の家に飼われている雌猫、名前は「姫」。元野良で妙に気位が高く、人を下僕とでも思っていそうなその態度に家族はいつしかその猫を「姫」と呼び始めたのだとか。だがそんな俺の軽口に琥太郎はまた渋い顔をして「姫は姫だが姫じゃない!」と机を叩いた。
「分かんないだろ~? 俺、常々思ってんだけど自称転生者ってなんで全員人から人に転生すんだろうな? この世界、人の数なんて数多の生物の数に比べたら一握りにも満たないだろう? 一寸の虫にも五分の魂、魂の重みは人も蟻も同じなんだよ、なのにそんな都合よく人にばかり転生できるってそもそもおかしくね?」
「貴澄、お前ってホント夢がないな……」
「俺は:現実主義者なんだよ。大切なのは今であって過去じゃない、そんな夢さっさと忘れな」
俺の言葉に琥太郎は悔しそうな表情で口を噤む。まぁな、俺だって琥太郎の夢を頭から否定するのは少しばかり可哀想かなとも思うけど、現実的に考えたら、やはりそこは気をもたせる方が罪が重い気がするんだよな。
「それにもし人に生まれ変わってたとしても女に生まれてるかだって分からないだろ……男かもしれないし、もうずいぶん先に生まれて爺ちゃん婆ちゃんだったりとか、逆に赤ん坊って可能性だってある訳で、出会える可能性なんて万にひとつもないよ、ないない」
「お前は、俺がそんなに嫌いか!?」
「なんでだよ? 俺、そんな事一言も言ってないだろ!」
「俺の話なんか頭から全然信じてねぇからそんな事言うんだろ! くそっ、もういいよ」
「信じた上で、現実を見ろって言ってるだけだろ、でも怒らせたなら悪かった、別に俺はお前を否定してる訳じゃない」
俺は怒りだした琥太郎の機嫌を取り繕うように「これ喰うか?」と焼きそばパンを琥太郎の前に差し出した。それは彼の好物で、ご機嫌取りをされているなと彼自身も思ったのだろう、怒りを引っ込め「喰う」とパンを持ったままの俺の腕を掴んで焼きそばパンを一口頬張った。
「俺の腕じゃなく、パンを取れよ」
「それ、お前の昼飯だろ。一口で充分だ」
琥太郎が先程の怒りを完全に引っ込めてにっと笑みを見せる。ああ、やっぱり俺はこいつのこういう所が堪らなく好きなんだよなぁ……言動は少し子供っぽくもあるのに、ちゃんと気を遣って見せるそんな琥太郎は「ありがとう」と俺の頭をわしわしと撫でた。
「どういたしまして、でもそれは止めろ! 髪が乱れる!」
琥太郎の手を払いのけ、彼の食べさしのパンに噛り付く俺の心臓が早鐘を打っている事などきっとお前は気付かない、その現実を直視するのが辛くて俺は瞳を伏せた。
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