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ハルと遊ぶようになって数か月が経った。結局、ハルがスカートをはいたのは、あの日だけだった。凄く似合ってるのに勿体無いと思いながらも、あの可愛いハルを独り占めしたい気持ちもあり、その事をハルに聞く事はなかった。
いつものように、ハルの家に行くと、ハルはとても嬉しそうな顔をしていた。どうしたのかと訊くと「病院から、妹が帰ってきたの」と、ハルは笑った。
「今、妹は寝てるから、今日はお庭で遊ばない?」
「うん、いいよ」
ハルに手を引かれ、何度か遊んだことのある裏庭で、砂場遊びや、花壇の草を意味もなくむしったりして、楽しい一時を過ごした。
ハルの妹は、昔から病弱で入退院を繰り返しているらしい。まだ一度も会ったことはないが、ハルが妹のことを大好きなのは良く伝わってくる。本当に嫉妬してしまうくらい。
「ハルの妹は良いなぁ」
「どうして?」
ぼそりと呟いた言葉に、ハルはきょとんとした顔で返す。
「だって、こんなにハルから大事にされてるから。凄くうらやましい」
格好悪い台詞だなと思いながらも、ついぽろっと言ってしまった。ハルには、どうしてか素が出てしまうのだ。
「るいくんも、ハルちゃんと同じくらい大事だよ。だって僕……、るいくんのこと大好きだもん!」
「えっ……!」
ーー大好き。
その言葉に俺は、驚きと嬉しさが入り交じった声を出す。つかさず「俺もハルのことが大好き!」と声を張って言うと、ハルは照れ臭そうに優しく微笑んだ。
「じゃ……じゃあ、大人になったら俺と結婚してくれる?」
まだまだ先の未来の事だ。ても、ハルを誰にも渡したくなくて、口約束でも何でも良いから、ハルを自分に繋げとくことのできる言葉を咄嗟に言ってしまった。嬉しさが暴走してつい先走ってしまっている事は自覚しているが、それでも焦りは止まらない。
すると、ハルは途端に困ったように笑った。
「結婚って、男の子と女の子がするんでしょ?」
「うん、そうだよ」
ハルから当たり前のような質問が返ってきて、俺は首を傾げながらも答える。
「俺と結婚は、嫌……?」
「ううん、凄く嬉しいよ。結婚が出来るならしたいけど……」
結婚が出来るなら?
どういう意味だろう。
ハルが先程から何を言いたいのか分からず、言葉の真意を早く知りたくてもどかしかった。
少なからず、俺の「結婚しよう」という言葉に対しては前向きではないことは確かだ。
「るいくん、もしかして勘違いしてるかもしれないんだけど……」
「勘違い……?」
「僕ーー、」
その後にハルが言った言葉は、俺にとってあまりにも衝撃だった。何も発しない俺を見て、ハルは悲しそうに笑う。
ハルは、悲しかったり辛かったりすると、良く笑う。静かに目を細めて。
そんな顔を、俺は絶対にさせないって思っていたのに、させてしまった。
゛僕、男なんだよ゛
ハルの言葉が頭の中を巡る。
どうして今まで気付かなかったのか、自分でも不思議だった。ランドセルの色は何色だった? 組は違えど、集会でも見掛けたはずなのにーー?
どうして、女の子だとずっと思っていたんだろう。
「ね、男の子同士だと結婚出来ないから」
ハルは目を逸らしながら、今にも泣き出しそうな震えた声で小さく呟いた。
その時、「ハルが男の子でも良いよ」と、どうして言えなかったのだろうか。本当に好きなら言えたはずなのに。
でも、本当に好きだからこそ、言えなかった。
結局、俺の口から出たのは「そっか……、ごめん」という情けない言葉だけ。
「ううん、僕がいけないんだ。るいくんは悪くないよ。……僕、るいくんにちゃんと名前言って無かったから。遥斗って言うんだ。名前はちゃんと゛男の子゛っぽいでしょ?」
「はると……、だから、ハル」
「うん。妹は遥香だから、ハルちゃんなの」
「そう……なんだ」
お互いが気不味くなり、その日は、もう家に帰ることにした。帰り際に、ハルが「明日も明後日も、るいくん、僕と遊んでくれる?」と、心配を露にした顔で訊いてきたので「うん!」と答えたけど、正直、どんな顔で会えば良いのか迷った。それでも、俺がハルに会いに行かないと、きっとハルは悲しむだろうから、行かないという選択肢は無かった。
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