僕のささやかな願い

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僕のささやかな願い

――神様、お願い。どうか、明日、明日こそ。学級閉鎖になりますように。  そう願いながら僕は毎朝学校に行く。イヤホンからは爆音の音楽が流れていた。例え、声をかけられても聞こえないフリができるほどの爆音。僕の肩を叩くまで、話しかけられても気づかない。  学校どころか、学校に行くまでの片道三十分が僕にとっての苦痛だった。卒業まで後、三ヶ月もなくたって僕にとっては長い長い三ヶ月。 「そんな願いでいいのかよ」 「え?」  流している音楽からは、そんなセリフを話すところはない。それに初めて聞く声だ。イヤホンからは音楽が爆音のまま流れている。それなのに、ハッキリと聞こえる声だった。 「なぁ、本当にそんな願いでいいのか?」  また聞こえた。イヤホンを外して周囲を見渡す。通勤ラッシュで人がごった返していた。僕に話しかけたっぽい人を探すが、目が合わない。 「おかしいなぁ」  僕はまたイヤホンをつけた。きっと空耳だろう。幻聴だ。毎日、毎日飽きずに願っているからか頭がバクっているんだ。きっと、そうだ。 「なぁ、本当に願い叶えちゃうよ」  また声がした。男のような女のような中性的な声。とても気味が悪い。 「いいよ、叶えられるもんなら叶えてみろ」  ただの強がりだった。別にケンカを売ってるわけでもない。これ以上、言い負けたくなかった。 ***  昔からおとなしい性格だった。だから何もできないやつとレッテルを貼られていじめられた。今回は大学受験の憂さ晴らしなんだろう。僕にとって地獄の始まりだった。  大人に相談すると打たれ弱い、と言われた。そりゃお前らと生きてきた時代が違う。学校だけで終わっていた関係は家に帰ってもスマホを通じて繋がっている。忘れもしない。僕が初めていじめられた時は小学生の時に買ってもらった懐かしきガラパコス携帯のEメールに『お前のこういうところが嫌い』だと長文メールが送られてきた。  正直、気持ち悪かった。  お前とそこまで一緒にいたくないし、むしろどうでもいい存在だった。そういうのが無意識に態度に出ていたからだろうか、自分の存在を認めてほしかったのかはわからない。初めて文章で傷ついた。  そこから文章から、言葉から逃げるように本から離れた。ふと、文字を見れば悪意に満ちたメールの文章を思い出してしまう。そこからゲームにすがって生きた。今の僕はゲームの物語をやりたいために生きている。だから、毎日家を出てゲームの続きをするために生きて帰る。人生なんてそんなもの。 ***  不思議な会話を経験した後、本当にその日は学級閉鎖になった。  嬉しさが止まらなかった。こんなに嬉しくてハッピーな一日はない。明日から学校に行かなくてもいいと思えば、食欲も湧いてくる。ぐう、と死んでいたはずのお腹が息を吹き返した。 「おい、ニヤニヤしてんじゃねぇよ」  そんな理由で呼び出された。殴られた。靴を隠された。制服を脱がされた。でもそんなことはどうでもいい。明日から病欠とか理由をつけなくても学校に行かなくてよくなったんだから。  学校からの帰り道、僕は駅のホームで電車が来るのを待っていた。いつも通りに両耳をイヤホンで塞いで人の声をシャットダウン。僕だけの世界に入り込んでいれば、またあの声が聞こえた。 「幸せか?」  僕は周囲を見渡す。学級閉鎖になった今、僕の周りには誰もいない。帰るだけなのにどうでもいいことに呼び出されて帰るのが遅くなってしまったからだ。今頃、あいつらはフードコートかカラオケ、もしくは公園でダベっていることだろう。 「おい、今お前は幸せなのか?」  気持ち悪くなってイヤホンを外した。今日こそは声の主をハッキリさせたい。 「幸せなもんか」  返事をすれば、なにか変な感じがした。ないはずの第六感が冴えたというか、見つめられているような感じがする。 「ほう」  やばい、目があった。人間じゃないものに目があった。なぜ、人間じゃないかとわかった理由は透明の生首だからだ。煙のように白いモヤがかかっているが、モジャモジャした髪の毛やヒゲがハッキリと見える。でも首から下は何もない。浮いていた。 「ジジイ……?」  白いモヤが白髪のように見えた。真実の口に似た外国人寄りのおじさんの顔。日本でもあまりみない顔だった。 「どうしたら人間は願いを言わなくなると思う?」  近づかれて僕はかけていた眼鏡を外した。直接顔を見るのは嫌だった。尋問されているような気がしたからだ。 「……なんだよ」  それでも、そのジジイの顔だけはピントが合ったようにハッキリ見える。そこに存在していた。  
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