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「そりゃ、修行をすれば視えるようになるさ」
生首ジジイは僕の耳元にまで近づく。僕は気色悪くて手で払った。ぶわり、と生首ジジイの顔が歪んだかと思えば元に戻る。これは幽霊か……?
平常心を保つように僕は歩いて乗り場を変えた。電車が来るまで後5分。それまで僕は生首ジジイから逃げなければならない。幽霊は存在に気づいた人に成仏させてほしくてついてくる、と言う。僕に成仏させる力なんてない。ついてこられても迷惑だ。
「なぁ、急にだんまりするのよくないよ~。ああ、もう最近の若者はみんなこうだ。姿が視えるようになってもすぐ視えないフリをする」
すぐ耳元で聞こえるため息。聞くだけでも幸せが逃げていきそうだ。ただ、修行をして視えるようになる、と言われて僕の好奇心が少しだけ傾いている。RPGゲームのしすぎかもしれないが、生首ジジイに話しかけたくなってくる。
「修行なんてした覚えがないんだけど」
試しに話しかければ、生首ジジイは僕の前に現れた。
「そりゃあ、いつ転生してもおかしくないのに君は生きている。それは素晴らしいことなんだよ」
生首ジジイは誇らしそうにフン、と鼻を鳴らした。
「で、君は願いを叶えられるようになった。それなのに学級閉鎖などくだらないことに願いを使った。他に欲望はないのか?」
くだらないこと、と言われてカチンときた。僕にとっては重要なことだ。晴れよりも雨が好きだし、雨が降れば部活の外練はなくなる。部活の外練がある日は雨乞いをして登校していた。
「そもそもお前はなんなんだよ。神様気取りで話しかけてきやがって」
試しに殴りかかろうとしてやめた。今、僕は盛大な独り言を呟いている。変な動きまでしていたら通報されてしまう。
「そりゃあ、神様だから」
「はい?」
神様、と言うのはもっと尊大で素晴らしくて立派な格好をしていると思っていた。ジジイであることは仙人であるかもしれないが、生首なんか聞いたことはない。いや、首塚はあるな。平将門だ。
「ありえる、ありえる……か?」
冷や汗をかいた。次はどんな願いを叶える……? 学級閉鎖の次に願うこと、願うこと……。
――電車が参ります。白線の内側までお下がり下さい。
「あ、電車来るまでに決めてくれない?」
神様はクルリ、と一回転を決める。ファー、と電車のクラクションが鳴った。その音にビックリして心臓がヒュッと縮こまる。学校に行かなくてもいいし、部活も行かなくてもいい。次に願うことは――。
電車がホームに入ってくる。電車が近づくと心臓の音が大きく鳴った。電車が僕の前に止まり、プシューとドアが開く。
僕は何も言えなかった。
夢もなかった。その日、その日生きるのに必死で将来のことなんか考えたかことがなかった。家に帰って、ベッドに寝転がる。
「そういえば、本を読んでなかったな」
本棚の奥に放置した、読みかけの本を開く。そこには無限に広がる可能性があった。新選組の歴史小説を読み返して京都の聖地巡りをしたかったことを思い出す。本の物語を読んでトリマーという職業を知って興味を持ったことを思い出す。次、神様に会った時の願い事を決めた。
だが、神様は現れなかった。
(おわり)
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