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(どうする……このまま、こいつらの情報を集めるべきか……?)
このまま聞き耳を立て続けていれば、他にも何か分かるかもしれない。だが、殺すことに迷いがある少年たちが緊張に耐えられなくなり、深雪に危害を加えてくる可能性もある。
深雪の位置からは彼らの表情が見えず、相手の出方が読めない。それを考えると心臓の鼓動が早くなり、背中がじっとりと汗ばんでくる。
その時、建物全体がガタガタと振動したかと思うと、木材がへし折られ、破壊されるような音とともに、壁が外側から派手にぶち破られたのだった。
その瞬間、少年たちが息を呑む気配が伝わってきた。彼らの驚愕と緊張は深雪にもすぐに伝わる。この事態は彼らにとっても完全に想定外なのだ。
深雪も何が起こっているのかまったく分からず、とっさにパーカーのポケットに手を突っ込み、そこに忍ばせているビー玉をぎゅっと握りしめた。
ところが続いて聞こえてきたのは、深雪のよく知る声だった。
「ユキ!! ここにいるの!?」
(この声……シロか!?!?)
深雪はほっとしたものの、少年たちの動揺はさらに大きくなる。この場に乱入してきた少女が少年―――自分たちが襲って拉致し、埋める算段をしていた深雪―――を救援に来たのだと悟り、悪事が露見するのを恐れたのだろう。
「やべえ!」
「逃げろ! 散れ、散れ!!」
少年たちは荒々しい足音ともに、散り散りになって一斉に逃げていく。そして彼らと入れ替わるようにシロが建物に踏み込んできた。うす暗かった屋内に、シロが破壊した突入口から一条の光が差しこむ。
「ユキ、大丈夫!?」
「あ……ああ。うっ、痛ってえ……!」
深雪はゆっくりと身を起こすが、そのはずみで側頭部に激痛が走った。思わず頭に手をやると、髪の下に大きな瘤ができていた。金属バットで殴られた時にできたものだろう。
シロは深雪のそばにしゃがみ込み、心配そうに顔を覗き込んできた。
「頭、打ったの?」
「……俺のことは大丈夫。それより俺を取り囲んでいた奴らは?」
「みんないなくなっちゃったよ。あいつら追う?」
「うん、頼むよ」
深雪がそう答えると、シロはすぐさま立ち上がり、少年たちを追って外に飛び出していく。その場にひとり残された深雪はゆっくり立ち上がると、周囲をぐるりと見回した。
「ここはいったいどこなんだ……?」
先ほどより明るくなったおかげで、建物の内部が見渡せた。かなり荒んでいるが民家の中であるらしく、その証拠に天井には民家特有の梁組が見受けられる。ガラスの割れた窓枠の外には一面に広がる瓦礫の山が見えるから、どうやら瓦礫地帯にほど近い民家の中だろう。
幽霊屋敷になってからだいぶ経つらしく、床板が抜け、畳も腐り、柱や窓枠も傾いていて、かろうじて建物の体裁を保っているという状態だ。家具や扉、畳や襖などが横に積み上げられ、その合間にガラスの破片や食器、薄汚れた家電やビニールのチューブがぎゅうぎゅうに挟まっている。
いたるところに蜘蛛の巣が張りめぐらされ、深雪が立っている場所は床土が剥き出しになって、雑草が生い茂っているような有り様だ。ただ一か所、雑草の生えていない土だけの場所がある。ちょうど深雪が寝転がされていた場所だ。深雪は首を捻った。
(あいつら、なんで俺をここに運んできたんだ? 埋めるって言ってたけど、俺を埋めるつもりだったのか? でも、何でわざわざこんな場所に……?)
彼らは何故、深雪をこんな廃屋の民家まで運んだのだろう。不思議に思っていると、外から物音がしてシロが戻ってくる。手に日本刀を提げているが、誰も連れてはいない。
「シロ、俺を襲った奴らは?」
深雪が尋ねると、シロはしょんぼりとして答える。
「追いかけたけど見失っちゃった。臭いもほとんど残ってなくて……ごめんなさい」
「気にしなくていい。あいつらは俺が《死刑執行人》だと知っていた。彼らがゴーストなら何かアニムスを使ったのかもしれないし、どこかに抜け道があったのかもしれない。……それより、この崩れかけた民家の中に、あいつらの手掛かりが残っているかもしれないから探してみよう」
深雪はそう言うと改めて周囲を見回す。
「人が住まなくなって、かなり年月が経ってそうだけど……ぱっと見た感じ、普通の民家だよな」
地面に何か落ちていないかと、深雪はしゃがんで周囲を観察した。ところが少し身動きしただけで、分厚い埃が派手に舞い上がる。深雪は慌てて口元を覆ったが、少し吸い込んでしまい、ゲホゲホと咳をした。
「この様子だと、誰かが飲み食いをした跡とか、長居したような痕跡もない。さっきの少年たちも頻繁にここに足を運んでたってわけじゃなさそうだな……」
ドリンクの缶は落ちているものの、表面はすっかり錆びついて、どのメーカーのどんな飲料なのか分からない。最近になって誰かが持ち込んだというより、もともと廃屋にあったものだろう。ペットボトルや菓子パンの袋も同様で、少年たちが捨てたものとは思えない。
不意に、シロが土壌がむき出しになった地面に視線を落とした。深雪が寝転がされていた草が生えていない場所を、まんじりともせず、じっと見つめている。
「シロ?」
何か気になることでもあるのだろうか。深雪が声をかけるものの、シロは地面から決して目を離さず、おもむろに口を開いた。
「……この下に何かあるよ」
「え……?」
「何か埋まってる」
「どうして分かるんだ?」
「臭いがするの」
「臭い……?」
何の臭いだろうか。そう考えた刹那、深雪の心臓はドキリと大きく跳ね上がった。
この下に何が埋まっているのか。あの少年たちはどうして深雪をこの場所に運び込んだのか。彼らが人を埋めようと考えついたのは、深雪が初めてなのだろうか。
「もしかして……!!」
その仮説を閃いた瞬間、深雪ははじかれたように動き出していた。足元に転がっていた木片を拾うと、土が露出している場所を一心に掘り返してゆく。
深雪の意図を察したのか、シロも同じように木片を手にして、二人して一緒に土を掘り返す。土は妙に柔らかく、まるで誰かが何度も掘り返したかのようだった。
やがて深雪の手にした木片が、コツンと地中で何か硬いものに当たった手応えを返す。深雪は木片を投げ捨てると両手で土を払いのけ、手に触れたものを躊躇なく地中から引っ張り出した。
出てきたのは白くて硬い、奇妙なくらいに軽い塊だ。それも一つではない。掘れば掘るほど次から次へと出てくる。
それが人骨だと気づくのに、さして時間はかからなかった。
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