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第5話 土の中にあるものは
それからおよそ二時間後―――
深雪が運び込まれた民家には、大勢の警察官がひしめいていた。深雪とシロは人骨を発見した後、それを流星に報告し、流星が関東警視庁に連絡を入れたのだ。
警察はやってくると同時に、崩れかけた民家の出入り口に黄色い規制線を張り、深雪たちを締め出してしまった。今や民家の出入りができるのは警察関係者だけだ。おまけに民家の入り口に立つ警察官は深雪とシロを追い立てようとする。
「ほら、そこをどきなさい。ここは子供の遊び場じゃないんだぞ!」
「下がって下がって!」
あからさまな邪魔者扱いにシロは唇を尖らせた。
「むう……地面が何か埋まってるって、シロたちが最初に見つけたのに」
「仕方がないよ。流星が来るまで大人しくしていよう」
深雪たちが子供なのは事実だし、警察の対応は流星のほうが手馴れている。ほどなくして流星が現場に姿を現した。特徴的な赤い髪をしているから大勢の中でもすぐ分かる。
流星は深雪とシロの姿を見つけると駆け寄ってきた。
「深雪! シロ! お前ら無事か!?」
「シロは無事だよ。でも、ユキは頭を殴られて大きなタンコブができてるんだって」
「頭を殴られた!? 本当か?」
「今は大丈夫だよ。それで気を失って、気がついたらこの家に運び込まれていたんだ」
意識を取り戻した時は激痛が走り、目も開けられないほどだったが、その痛みもだいぶ引いてきた。ほかに目立った異常もないので大事には至らないとは思うが、流星は深雪の身を案じて眉をひそめる。
「そうか……でも頭は気を付けたほうがいいぞ。大事をとって石蕗診療所で先生に診てもらえ」
「ああ、分かったよ」
深雪が頷くと、流星もようやく納得してくれたようだ。打ちどころが悪ければ後遺症が残る可能性もあったことを考えると、今更ながらに冷やりとしてくる。
次に流星は古びた民家に視線を向けた。ひと目で人が住んでいないと分かる廃屋だが、周囲には同じような廃屋が点在しており、まさかその床下に人骨が埋まっているなど誰も想像しなかっただろう。
「それにしても……深雪を気絶させて、ここまで運んできた奴らは何者なんだ?」と流星はつぶやく。
「……分からない。顔や姿は一切、見ていないんだ。ただ……声がかなり若くて、会話の内容を考えても《中立地帯》のゴーストみたいな感じがした。俺が意識を取り戻したと知られたら、何をされるか分からなかったし、ちゃんと目を開けられなくて……」
「シロも顔はよく見てないの。ただ……全員、男の子だったと思う。ユキと同じくらいの男の子」
「それじゃ《中立地帯》のゴーストの仕業か……何にしろ、お前らに深刻な怪我がなくて良かったよ」
流星は声に安堵をにじませる。こういう時、いつも心配をかけてしまって申し訳ないと思うが、今は他に知りたいことがあった。深雪は言葉を選びつつ、気になっていたことを尋ねる。
「あの……流星。民家の床下に埋まっていたのはやっぱり人骨?」
すると流星もにわかに表情を強張らせた。
「ああ、それも一人や二人じゃない。ちらっと聞いただけだが、かなりの数の遺体が埋まっている可能性があるらしい」
「そんなに……」
「お前ら、よく発見したな」
「シロが教えてくれたんだ。何か埋まってる臭いがするって」
深雪が答えるとシロも口を開いた。
「それだけじゃないよ。ユキと別れて《ニーズヘッグ》に向かう途中、何だか変な音が聞こえた気がしたの。嫌な予感がしてすぐに戻ったら、ユキがいなくなってた。でも全然知らない人の臭いが一緒だったから、その臭いをたどって追いかけたの。だからユキを見つけられたんだよ!」
「そうだったのか」
あの時、深雪は《ニーズヘッグ》へ行くというシロの姿が四つ辻の向こうへ見えなくなるまで見送った。かなり距離が開いていたはずなのに、それでもシロは深雪の異変に気付いたのだ。
「シロは嗅覚や聴覚が鋭いからな。よくやったな、シロ。えらかったぞ」
「えへへ……本当?」
流星に頭を撫でられ、シロはとても嬉しそうだ。シロにとって誰かの役に立ち、認められることは何よりも嬉しいのだろう。シロは自分が普通ではないと言うけれど、深雪はシロの人の役に立ちたいというところが、とても好きだ。
するとその時、白骨の見つかった民家の中から一人の私服刑事が出てきた。確か八代実彰という名の刑事だ。年齢は四十代後半で、いつもはキャメル色のトレンチコートを羽織っているが、今日は比較的暖かいせいか、スーツのみという出で立ちだ。
流星は八代に近づいて行って声をかける。
「八代さん」
「フン……赤神か。連絡を受けて来てみりゃ、この有り様だ。まったく……お前はつくづく疫病神だな!」
この八代という刑事はかつて流星の上司だったらしいが、流星をひどく嫌っている。はっきりとした理由を深雪は知らないが、おそらく流星がゴーストになってしまった経緯と原因があるのではないかと思う。八代は《死刑執行人》のこともひどく嫌っているから、余計に流星が許せないのだろう。
だが、流星はどれだけ八代から皮肉を言われようとも、にこやかに笑みを浮かべて対応するのだった。
「お疲れ様です、八代さん。現場の状況はどうですか?」
「……何ぃ? なぜ俺たちが《死刑執行人》に捜査情報を流さなきゃなんねえんだ!?」
「そう邪険にしないでくださいよ。この事件は、まだどちらに転ぶか分からない。情報を共有しておいて損はないでしょう。それに……俺たちが現場にいることは警視庁側にも許可をもらっているはずですが?」
流星があくまで穏やかに正論を口にすると、八代は苦虫を噛み潰したような顔をし、荒々しい口調で吐き捨てた。
「ちっ……能書きだけは一人前だな」
「ご協力、感謝します」
「ふざけるな! こっちは別にてめえらと協力したことは一度もねえ!」
「八代さん……そう言わずにお願いしますよ」
不機嫌さを隠そうともせずに怒鳴る八代に、流星はまったく引く気配がない。最後にはとうとう根負けして、八代は短く刈った頭髪をガシガシと乱暴にかき回した。
「チッ……クソ! ……床下に埋まっていたのは白骨化した仏が5体、腐敗しかけた仏が3体だそうだ。だが、それで全部じゃねえ。どれだけ出てくるのか予想もつかねえ状況だ。なにせ掘れば掘るほど新たに遺体が出てくるんだからな。おそらく総数は十体以上にのぼるだろうって話だ」
「仏はゴーストですか、それとも人間ですか?」
「……まだ分からん。白骨化してしまえば人間かゴーストかなんて、素人が一見しただけじゃ分からねえ。皮膚や肉片、組織が残っている仏もいるから、そっちから何か分かるかもな。どちらにせよ、詳しいことは検死に回さなきゃ何も分からん」
「皮膚が残っていれば、そこからある程度、判別できるんですがね……」
何故、皮膚が残っていれば人間かゴーストかの判別がつくのか。八代と流星の会話を黙って聞いていた深雪は、すぐその意味に気づいた。
(そうか……! ゴーストであれば……ストリート=ダストであれば大抵、体のどこかに紋章刺青を入れてる。刺青が見つかれば、遺体がゴーストである確率が高いってわけか)
もちろん皮膚が残っていたとしても刺青が入った部分だとは限らないから、あくまで目安に過ぎないが。
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