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流星はさらに八代へ尋ねた。
「検死のほうには回せそうですか?」
「仏がゴーストだと決まったわけじゃないからな。もし仏が普通の人間なら、この事件の犯人は俺たちが上げる。てめえら《死刑執行人》には渡さねえ!」
すると流星はにっこりと笑う。
「分かっています。俺たち《死刑執行人》が狩るのはゴーストだけですから」
「フン……どうだかな。てめえらは法の力が及ばない犯罪者集団も同然だ。そんな連中がお行儀よくルールを守るとは思えんがな」
「やだなあ、俺たちはそんな事しませんよ。当り前じゃないですか」
「やけに自信満々だな? 犯罪者はみな口を揃えてそう言うんだよ。俺たちは無実です、何もしてませんってな」
「……ヒドいなあ、八代さん。俺は本当のことを口にしただけなのに」
のらりくらりと追及をかわす流星の態度がよほど癪に障ったのだろう。八代は流星へ詰め寄ると人差し指を突きつけ、鋭く囁く。
「おい……あまり俺をナメるんじゃねーぞ、赤神。刑事はな、仕事柄、嘘をついている人間はすぐに分かるんだ。てめえからは嘘の臭いがプンプンするぜ」
「……それは相手が人間だった場合でしょ? 俺たちは人間じゃない」
「ああそうだな! 同僚を惨殺してケロッとしている奴は確かに人間じゃねえ! てめえは犬畜生以下だ!!」
八代は嫌悪もあらわに吐き捨てる。そばで聞いていた深雪でさえ、ぎょっとするほどの強い口調だ。軽蔑や嫌悪、憤り―――そういった負の感情が煮詰められ、濃縮されている。
しかし流星はあくまで笑みを崩さなかった。
「……そうかもしれませんね」
ただ、そう答えただけだった。それにはさすがに八代も鼻白んだ様子を見せると、これ以上の会話は無意味だと判断したのか、くるりと踵を返す。
「いいか、悪事に手を染める奴は、いつか必ずその裁きを受けることになるんだ! ゴースト関連法なんて馬鹿げた悪法に、いつまでも守ってもらえると思うなよ!!」
そう言い残すと、八代はこんな場所には一秒たりとも居たくないと言わんばかりに大股で歩き去っていった。民家から出てきた女性警官が立ち去る八代に気づき、慌ててその背中を追う。確か七海とかいう警官だ。
「八代さん~! 待ってくださいよぉ~!」
七海は流星にちらちらと視線を向けつつも八代のあとを追った。深雪とシロ、そして流星の三人はその場に残される。
八代という刑事が流星を嫌っているのは知っていたが、今のはさすがに酷すぎるのではないか。どう考えても面と向かって他人にぶつけていい言葉を軽く超えている。
「流星……」
深雪が躊躇いがちに声をかけると、流星はいつもの飄々とした仕草で肩をすくめた。
「相変わらずだな、あの人も……まあ気にすんな。それより俺は現場に入れないか頼んでくる」
「ああ、うん……」
流星が民家を取り囲んでいる警察官の元へと向かうと、深雪とシロは再び二人きりになった。シロは八代の言葉に納得がいかないらしく、ぷりぷりと腹を立てている。シロが怒るなんて珍しいことだ。
「あのおじさんヒドい! 流星は犬以下なんかじゃないよ!」
「そうだよな……あの八代って人が《死刑執行人》を嫌っているのは知ってるけど……いくら何でも流星がかわいそうだ」
流星は、かつて同僚が死んだ事件を忘れたわけでもなければ、『ケロッとしている』わけではない。そうでなければ同僚を惨殺した真犯人である月城を討つため、自分の全てをかなぐり捨てようとはしなかったはずだ。
八代という刑事は、その事実を知らないだけだ。
てめえは犬畜生以下だ―――八代に罵倒された時、流星はどんな心境だったのだろう。それを表情に出さないようにするために、どれほどの努力が必要だったのか。それを考えると深雪は胸が締めつけられるのだった。
警察官と話す流星を見つめていると、ふと流星の向こうに警察官とは違う人影がちらほら見えることに気づいた。民家の周囲に張られた規制線の向こうに、やじ馬が集まっているのだ。
「やじ馬がいる。瓦礫地帯にもちゃんと人が住んでいるんだな」
深雪が驚いて口にすると、シロが説明をしてくれた。
「みんな普段は物陰に潜んでいるから分かりにくいけど、縄張りとかもあるんだよ」
「ふうん……そうなのか」
「シロ、昔ここにいたから、よく知ってるんだ」
瓦礫地帯といえども、かろうじて残っている建物はたくさんある。あのやじ馬たちも、半壊したり崩れかかったりしている建物を寝ぐらにしているのだろう。深雪はそれとなくやじ馬たちの様子を観察する。
(俺と同年代くらいの若者が多いな……やじ馬たちがこのあたりを根城にしているなら、俺を殴って運んできた奴らの顔を見ているかもしれない)
深雪を襲い、ここまで運んできた少年たちが、この民家に幾度かにわたって死体を遺棄し、埋めていたのは間違いない。それは埋められていた遺体の腐敗状況にバラつきがあることからも明らかだ。
もしかしたら、誰か死体を運び込む現場を見てないだろうか。あのやじ馬の中に犯人たちの顔を知る者がいるかもしれない。深雪はそう思いつき、やじ馬たちに話を聞こうと歩み寄っていく。
ところが深雪が近づくと、やじ馬たちはサーッと波が引いたように散ってしまった。
(あれ……? 俺、避けられてる? ……気のせいか?)
やじ馬を追いかけようと踏み出した時だった。深雪の後ろから七海という女性警官が声をかけてくる。
「あの~、すみません。東雲探偵事務所の人ですよね?」
「あ、はい。そうですけど」
「赤神くんを探してるんですけど、どこに行ったか知ってます~?」
「流星ならさっき現場を見たいって……」
深雪が民家を指し示すと、七海は礼を言って廃屋の中へと消えていった。それから深雪が再び規制線の向こうへ視線を戻したところ、やじ馬たちは一人もいなくなっていた。
「あれ……誰もいない。話が聞きたかったんだけどな……」
深雪は諦めきれずに周囲を探してみたが、やじ馬たちを見つけ出すことはできなかった。彼らが何故、散ってしまったのか。深雪を避けたようにも見えたが確証はない。たまたま彼らが立ち去るタイミングと深雪が歩み寄ったタイミングが被っただけかもしれない。
やがて現場捜査や遺体の回収を終えた警察が撤収をはじめ、深雪もシロや流星らととも民家の前を離れた。
その後、流星に言われた通り、石蕗診療所で頭の検査をしてもらってから事務所へ帰宅する。
そうして深雪の長い一日は終わりを告げたのだった。
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