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第6話 ブギーマンの噂
翌日、東雲探偵事務所のミーティングルームに集まったのは、流星とマリア、そしてシロと深雪の四人だ。
深雪は昨日、自分の身に起こった一部始終をマリアに話して聞かせる。二頭身のウサギのアバターの姿で宙に浮かんでいたマリアはあきれ気味に口を開いた。
「……それで? 深雪っちが行方不明者の情報を調べてたら突然、後ろから殴られたってワケ?」
「完全に不意打ちされて防げなくて……おかげでまだ腫れが引かないんだ」
深雪は左の側頭部に手をやって顔をしかめた。痛みや腫れは引いてきたものの、手を触れればまだはっきりと瘤がある。
「やだ、誰よそんな事をしたのは!? おバカな深雪っちの頭がますますおバカになっちゃうじゃない!」
あからさまに芝居がかった仕草と声音で嘆くマリアに、深雪はムッとして突っ込んだ。
「マリア……その言い方はどうかと思うよ」
「あら、ごめんなさ~い。つい本音が出ちゃった~!」
「あのさ……思いっきり頭を殴られたんだよ? 打ち所が悪かったら大変なことになってたかもしれないのに!」
マリアがあまりにも意地悪く笑うので、深雪は思わず訴えた。大事には至らなかったものの、もし後遺症が残ったら『おバカになっちゃう』どころでは済まないのだ。
さすがの流星もマリアの言動はあまりに心無いと思ったのか、腕組みをしてなだめる。
「マリア、他人の不幸を笑うのはどうかと思うぞ」
「何よ、ちょっとからかっただけじゃない。ちゃーんと心配はしてるわよ? 深雪っちのポンコツなおミソが、さらにポンコツになるんじゃないかって、そりゃもう心配で心配で……」
「……その話はもういいよ」
深雪が半眼で応じると、ウサギは「うししししし」と憎たらしく笑う。深雪はマリアを睨むものの、それ以上は何も言わなかった。抗議したってマリアにからかわれるだけだ。
マリアもさすがに深雪が金属バットで殴られたことを喜んでいるわけではないが、事ある毎にイジッてやろうという魂胆が透けて見える。そういう時は無視してやるのが一番だ。
今度は流星が「そういえば」と口を開いた。
「深雪、お前、石蕗先生のところでちゃんと診てもらったのか?」
「ああ、何も異常はないって」
「そうか、それなら安心だな」
深雪は頷くと、いよいよ本題に入ることにした。
「それで……例の遺体が見つかった民家で俺は意識を取り戻したんだけど、殴られたショックで朦朧としてたから記憶が定かじゃないんだ。でも一つだけはっきり覚えてる。俺を殴って埋めようとした奴らは行方不明者のことを口にしてたんだ。すべて暴かれたら自分たちは《リスト執行》されるって言ってたから間違いない。だから……俺が狙われたのは絶対に偶然じゃない!」
「つまり犯人たちは行方不明者の身辺を嗅ぎ回っていた深雪が目障りだったから、生き埋めにして始末しようとしたってことか?」
「そうとしか考えられない。やっぱり、この行方不明には何か裏があると思う。事務所で正式に事件として調べられないかな?」
深雪が身を乗り出すと、マリアと流星は返答に窮したような表情を浮かべた。
「調査自体は別に反対じゃないわよ。裏で何かヤバいことが行われているなら、なおさらね。でも事務所で正式な案件として扱うには正直、情報が足りないわ」
「《中立地帯》には100以上のストリートチームが存在する。チーム数の変動は激しいから、多い時には150近くになることもある。お前らの集めた情報は、その中の30チームだけだからな。それだけじゃ事件性があるかどうか何とも言えないし、所長を説得するのも難しいだろう」
そう言われてしまうと仕方がない気もする。流星たちは大きな事件の合間にゴースト抗争の鎮圧にも出動している。昼間に抗争が起きればまだいいが、深夜に街を揺るがすような衝突が起こることもしばしばで、この事務所は常に人手が足りないのだ。
「……分かった。情報が必要ならもう少し集めてみるよ」
マリアも流星も《中立地帯》で頻発している行方不明を事件化することに反対だと言っているわけではない。ただ、人員を投入するにはデータが不足しているのだ。ならば今はもっと多くの情報を集め、異常性を可視化させるしかない。深雪たちにできるのはそれだけだ。
するとマリアと流星も深雪に賛同の意を示す。
「そうね。そうしてもらえたら事務所も動きやすくなるし、助かるわ」
「ただ、深雪が襲われたのが偶然だとは思えない。お前を襲った連中のことも、どうにも気になる。だから人手を増やすってのはどうだ? 奈落かオリヴィエ、神狼に手伝ってもらえないか打診してみよう」
「ホント? ありがとう、流星!」
「ユキ、頑張ろうね!」
「ああ!」
シロが両手の拳を胸元で握りしめ、深雪も大きく頷いた。
一方、流星は眉根を寄せつつ深雪に尋ねる。
「それにしても……お前を襲った犯人たちの顔は本当に見てないのか?」
「そうよねー。そいつらが何者か分かれば苦労しないのにねー」
マリアも不満そうに両手を頭の後ろに組む。廃屋の民家に運び込まれた時、確かに深雪はピンチだったが、逆に言えばチャンスでもあった。あの時、少年のうち一人でも捕まえていれば、もっと多くの手掛かりが得られていただろう。
「本当に見ていないんだ。俺は身動きできる状態じゃなくて……犯人たちの靴なら覚えてるんだけど」
「靴ねえ? その程度の情報じゃ、当てになりそうにないわね」
「シロもユキが心配だったから、犯人の顔はよく見えなかったの。ごめんなさい……」
肩を落とすシロを流星は笑って励ました。
「謝らなくていい。シロのおかげで深雪が助かったんだから」
「うん……」
「深雪っちを襲った犯人たちを捕まえることができたら行方不明者の情報も聞き出せるし、一石二鳥で手間も省けるんだけどね~」
マリアは深雪を襲った少年たちの正体が諦め切れないようだ。彼らが何者か判明すれば直接、接触することもできるし、新たな情報を手に入れることもできる。行方不明を事件化することも可能だろう。
「民家の床下に埋められていた遺体の検死結果は、まだ分からないの?」
深雪が尋ねると流星は表情を曇らせた。
「あっちは相当、時間がかかるそうだ。数が多い上に遺体の損傷も激しいからな。だから今すぐどうこうって話にはならない」
「もしかして……行方不明になった子たちなのか? 殺されて埋められたとか……」
「可能性は高いが、まだ断定はできない。今は結果を待つしかないな」
「そっか……そうだね」
深雪も相槌を打ちながら瞳を伏せた。もし埋められていた遺体が行方不明になった子どもたちなら、彼らはどうして命を奪われ、あんな場所に埋められなければならなかったのだろう。
いや、どんな理由があろうとも許されていいはずがない。うす暗い廃屋同然の民家の床下で、誰にも気づかれずに埋められていた死体を思うと、あまりにも哀れで、胸にずしりとしたものが圧しかかってくる。
もし埋められていた白骨が行方不明者の遺体だとしても、それで全部だとは思えない。見つかった遺体は12体。対して深雪たちが調べた行方不明者は23人。詳しく調査すれば、その数はさらに増えると予想される。あの民家で見つかった白骨が行方不明者のものだとしても、氷山の一角に過ぎないのかもしれない。
いったいどれだけの少年少女が行方を眩ましているのか。実態が分からなければ、事務所が事件として扱うこともできない。
深雪はシロとともに行方不明者の情報収集に励むことにした。手間のかかる大変な作業だが、今はやるしかない。
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