第6話 ブギーマンの噂

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 深雪がシロと街中で《中立地帯》のゴーストに聞き取り調査をして回っていると、そこへオリヴィエがやってきて声をかける。 「二人とも、ここにいたのですか」 「オル!」  シロが嬉しそうに声を上げ、深雪も笑顔でオリヴィエを迎える。 「どうしたの? ひょっとして俺たちを手伝ってくれるのか?」 「ええ、流星に頼まれたということもありますが……個人的に是非(ぜひ)、あなたたちを手伝いたいのです」 「俺はすごく助かるけど……何かあった?」  オリヴィエの個人的な事情とは何なのか。深雪が尋ねると、オリヴィエは途端に悲しげに顔を曇らせた。何かよほどの事があったらしい。 「実は……孤児院で育った子供たちにも行方が定かでない子が何人かいるようなのです。深雪が調査している件と関係があるかどうか分かりませんが、このまま手をこまねいていたら被害が拡大してしまうかもしれません。私はそれを食い止めたい。そして、いなくなった子たちを探し出したいのです」 「オリヴィエの孤児院の子も……?」  それを聞いて深雪も眉をひそめた。 (行方不明になっているのはチームに属しているゴーストだけじゃないのか……?)  《監獄都市》にはストリートチームに属さないゴーストもいる。深雪の知っているところでは俊哉(としや)花凛(かりん)、《龍々亭》の鈴華(リンファ)がそうだ。彼らはみな、それぞれの事情や考えでチームには所属していない。そういったゴーストにも行方不明者がいるなら、その総数は想定よりずっと多いことになる。  深雪はさっそくオリヴィエに尋ねた。 「行方不明になった子のことを聞いていい? やっぱりゴーストなのか?」 「ええ、そうです」 「年齢や性別は?」 「3人いるのですが、2人が女の子で1人が男の子です。年齢は9歳から13歳の間でしょうか」 「ネイティブかイミグラか分かる?」 「何ですか? そのネイティブとかイミグラというのは……」  オリヴィエが不思議そうな顔をするので、深雪は《グラン=シャリオ》の九鬼(くき)に教えてもらったことを、そのままオリヴィエにも伝えた。ストリートで生きるゴーストは《壁》の外から来たか、《壁》の中で生まれ育ったかで分類されるという話を。 「なるほど……ストリートではそのような分類があるのですね。いなくなったのは、みなネイティブの子だったと記憶しています」 「つまり《監獄都市》で生まれ育った、外の世界を知らない子か」  深雪はあごに手を当てて考え込んだ。 (……俺たちが調べた中でもネイティブの子が行方不明になっているケースが多い。それに十代以下のゴーストだっていう点も共通してる。これは気のせいか……?)  《監獄都市》にはアニムスを持たない普通の人間もいる。そういった人間の子どもたちの失踪情報も調べてみたが、不思議とアニムス非保持者(アンホールド)には行方不明者がいない。ゴーストばかりが姿を消しているのだ。 「失踪した子たちのこと……心配だな」  深雪がそう声をかけると、オリヴィエも頷いた。 「……ええ」 「とにかく今は情報を集めよう。それしかない」  深雪は数日にわたってオリヴィエやシロと共に行方不明者の情報取集に励んだ。手当たり次第にさまざまなチームと接触し、こつこつ情報を集めていくという地味な作業だ。深雪やシロは一日中、聞き込みができるが、オリヴィエは孤児院の仕事もある。  それでも情報は少しずつ、確実に集まっていった。  深雪が襲われたことを考慮し、最初は三人で一緒に動いていたが、それでは効率が悪いとのことで、徐々に手分けして情報を収集するようになった。  ストリートのゴーストは警戒心が強い者が多いが、思ったよりみな協力的だった。どうやら深雪たちが行方不明者を調査しているという情報が広まっているらしい。皆、内心では失踪(しっそう)してしまった仲間の身を案じているのだろう。  やがて深雪は不思議な話を耳にする。  それは《ピンクバニー》というチームから話を聞いていた時のことだった。《ピンクバニー》は女性のチームで、派手なメイクとギャルファッションに身を包み、なかなかに威圧感のある集団だが、深雪が情報提供を頼むと意外にも快く応じてくれた。 「へー、行方不明になってる子がそんなにいるの?」 「こっわ! 外歩けないじゃん!」 「そういえばさ、あそこのチームにも失踪(しっそう)した子がいるって聞いたよ。えーと……《グロウ・スケイル》って言ったっけ?」 「そうそう。あと《リンクス》とか《スターライト》とか……やっぱ行方不明、多くない? ゲロヤバだし!」  深雪は《ピンクバニー》から得た情報を手早く端末に打ち込んでいく。すると彼女たちの一人が口を開いた。 「ねえねえ、それブギーマンの仕業(しわざ)じゃない? あたしらも狙われるかもよ」 「なにそれ超ウケる。ブギーマンなんて迷信じゃん!」 「……ブギーマン? 子供を(さら)うっていう都市伝説だよね? 君たちも知ってるんだ。そんなに有名なの?」  深雪が気になって尋ねると、《ピンクバニー》のメンバーは互いに顔を見合わせた。 「有名っちゃ有名だよ……ねえ?」 「そうそう、有名人だよねー?」 「ふうん……その噂が広まり始めたのって、いつ頃か覚えてる?」  さらに深雪が尋ねると、ヒョウ柄のパーカーを羽織い、ミニスカートにロングブーツを履いた女の子が考え込む仕草をする。 「えー、いつ頃だろ……四か月前だっけ? ここ半年くらいだよね、噂が広まったのって」 「少なくとも今年に入ってからだよ」  隣に立っていた女の子が、そう相槌(あいづち)を打った。 (それじゃここ最近、広まった噂なのか。そういえば行方不明者が頻発しはじめたのも、ここ半年のことだ。ブギーマンの噂と行方不明事件……時期が被っているのは偶然なのか……?)  聞くところによると、《ブギーマン》は子どもを(さら)うという西洋の妖怪らしい。ただの噂だが、火のないところに煙は立たないものだ。ブギーマンの噂と今回の失踪事件は、まったく無関係だとは思えない。 「君はブギーマンに会ったことある?」  深雪はヒョウ柄のパーカーを着た女の子に尋ねた。最も口数が多い彼女がリーダーらしいのだが、彼女は首を横に振った。 「ないよ。でも姿が黒いって話は聞いたことある」 「そうそう! 全身真っ黒で連れ去られるんだよね」 「いたずらをした子どもが攫われるんだっけ?」  他の少女たちも口々に同意するところを見ると、ブギーマンの話はかなり広まっているらしい。ところが一人の少女が疑問を差し挟む。 「そうだっけ……? それ、あたしが聞いた話と違う」 「そうなの?」  深雪はその少女に視線を向ける。集団の端にいた大人しそうな少女で、深雪と目が合うと少しはにかむものの、質問には答えてくれた。 「うん。あたしが聞いた話では、ブギーマンは願いを叶えてくれるんだよ」 「願い……?」 「たとえば、すっごく会いたい人っているでしょ? 死に別れて会えなくなった親とか兄弟、それから仲の良かった友達とか恋人。そういう大切な人にブギーマンはもう一度、会わせてくれるの」  すると別の少女も思い出したように声を上げた。 「それ、あたしも聞いたことある! 『ブギーマン、ブギーマン、私のお願いを聞いてください』ってお願いするんだよね。何て言うか……おまじないみたいな感じ?」 「へえ……」  その話は初耳だ。これまで《ブギーマン》の名を聞くことは幾度かあったが、『願いを叶えてくれる』とか『会いたい人に会わせてくれる』といった情報は聞いたことがない。  ある時は子どもを攫い、ある時は願いを叶えてくれるなんて、ずいぶんと忙しい妖怪だ。そもそも『子どもを攫う』という行為と『会いたい人に会わせてくれる』という行為は、まったく別なような気がするのだが。  深雪は首を傾げたものの、答えは出なかった。 (そもそも《ブギーマン》って妖怪が何なのか、俺、よく知らないんだよな。ヨーロッパで生まれ育ったオリヴィエなら何か知っているかもしれない。あとで合流した時に聞いてみよう)  深雪は《ピンクバニー》のメンバーに礼を言うと彼女たちから離れた。そして他のチームに近づくと同じように情報を収集する。そうして五つのチームから聞き取りをした。
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