第7話 赤いスニーカー

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第7話 赤いスニーカー

 《ムーンバーガー》をあとにする際に端末を確認すると、すでに時刻は十五時を回っていた。深雪とシロはそのまま事務所に戻るつもりだが、オリヴィエは孤児院へ戻らなければならないと言うので、途中まで一緒に歩くことになった。  人けのない路地に差しかかった時だった。隣を歩いていたシロが突然、深雪に身を寄せると、耳元で小さく(ささや)いた。 「……ユキ」 「シロ? どうかした?」 「路地の斜め後ろに、ずっとこっちを見ている子たちがいる」 「え……?」  深雪が眉をひそめると、シロの言葉を聞いていたオリヴィエも視線だけで背後を振り返る。深雪もちらっと視線を向けると、いつからだろう。五人ほどの少年グループがピタリと後をつけていた。彼らはみなフードや帽子、黒いマスクで顔を隠しており、見るからに異様な雰囲気だ。 「……確かに少年が五人ほどいますね」  オリヴィエが囁くと、シロもつけ加える。 「さっきからずっとユキを見てるよ」 「俺のことを?」  そう言われてみると、少年たちはこちらの様子を(うかが)っているものの、中でも深雪を注視しているような気がする。しかし、深雪は少年たちに見覚えがない。彼らのファッションや年齢を考えると《中立地帯》のゴーストだと思うのだが。  シロやオリヴィエと会話するふりをして、さり気なく少年たちの様子を観察していた深雪は、ふとある事に気づいた。 (あれ……? あの赤いスニーカーって……)  少年の一人が履いている赤いスニーカーには、サイドにRを(かたど)ったような特徴的な黒と白のラインが入っている。まだ新品なのか、鮮やかな赤には一点の(くも)りもなく、余計に目立っている。 (気のせいなんかじゃない……俺が気絶させられて、崩れかけた民家に運ばれた時に目にした靴に間違いない!)  赤に特徴的なロゴマークの靴は珍しいから、はっきりと記憶に残っている。しかし、犯行時に履いていた靴を深雪の目の前でも堂々と履いて現れるなんて、いくら何でも不用心ではないだろうか。深雪は(いぶか)るものの、すぐにある可能性に気づく。 (いや……俺はあの時ずっと気絶したふりをしていたんだ。だから俺が赤いスニーカーを目にしたことを、犯人たちは気づいていないのかもしれない……!)  そう思うと俄然(がぜん)、少年たちが怪しく見えてくる。深雪を襲った犯人たちがまだ諦めていないのだとすれば、深雪を始末(しまつ)しようと後をつけ狙うことは十分に考えられる。 (彼らがもし俺を生き埋めにしようとした犯人なら、行方不明者のこともきっと何か知っているはず……!)  確かに今の状況は危険ではあるが、千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスでもあった。上手くすれば、少年たちから失踪(しっそう)事件の情報を引き出せるかもしれない。  シロはなおも小声で深雪に囁いた。 「ユキ、どうする?」 「あの少年たちに声をかけてみよう」  深雪がそう提案すると、オリヴィエとシロはそれぞれ懸念(けねん)を口にする。 「しかし、落ち着いて話ができるでしょうか? 彼らは我々をひどく警戒しているように見えますが」 「うん、捕まえようとしても逃げられちゃうかも……」  二人の言うことはもっともだが、深雪はこのチャンスを逃したくなかった。 「じゃあ、こうしよう。俺がまず注意を引くから、彼らが逃げ出すようなら取り囲んで援護(えんご)してくれ。あくまで話をするだけだから、できるだけ傷つけないように」 「もしあの子たちが攻撃してきたら?」 「そしたらシロとオリヴィエは自分の安全を最優先に対処してくれ。彼らを無力化することができたら一番だけど、それが無理なら深追いはしないで。とにかく安全第一でいこう」 「うん、分かった!」 「そうですね。それでいきましょう」  打ち合わせを終えた深雪はパーカーのポケットにあるビー玉を確認すると、T字路を曲がった直後にくるりと身を(ひるがえ)した。尾行(びこう)していた少年たちは、路地の角でばったりと深雪と向かい合う形になる。 「ねえ、君たち。ちょっと話が聞きたいんだけど、いいかな?」  返事など期待していなかったが、尾行がバレた少年たちはぎょっとした表情で立ち止まると、すかさずその場を離れようとする。 「……くそっ!」 「あ、待って!」  その瞬間、シロが大きく跳躍すると少年たちの頭上をあっという間に飛び越え、深雪の真向かいに着地する。  深雪とシロに挟まれた格好となった少年たちは慌てて来た道を戻ろうとするが、そちらはすでにオリヴィエが行く手を(ふさ)いでいた。深雪が少年たちを引きつけている間に、裏手の小道を通って回り込んだのだ。  鮮やかな連係プレーによって、深雪たちは少年たちを三方向から取り囲むことに成功する。思いも寄らない事態に狼狽(うろた)える少年たちに、深雪は改めて質問を投げかける。 「どうして逃げるんだ?」 「……」 「少しでいいから、話をさせてくれないかな?」 「……」 「君たち、何ていう名前のチームなの?」 「……」 「他にも仲間がいるよね? 全部で何人なんだ?」 「……」  深雪が何を尋ねても、少年たちは黙り込んだまま口を開こうとしない。言葉が通じてないのではと疑いたくなるほどの反応の無さだ。 (思ったより(かたく)なだな……言葉でのコミュニケーションが難しいとなると、残っているのは実力行使くらいだけど、その手段はなるべく選びたくない……)    そう考え込んでいると、深雪たちには危害を加えるつもりがないと悟ったのか、少年たちは互いに合図をするように目配せを交わす。 「おい!」 「……ああ!」  次の瞬間、彼らの一人―――赤いスニーカーを履いた少年が不意に瞳を赤く光らせた。それを見た深雪は思わず全身を強ばらせる。 (アニムスを使うつもりなのか! こんなに早く―――俺はただいくつか質問しただけだぞ!?)  攻撃される可能性は考えていたが、こうも有無(うむ)を言わさずアニムスを使ってくるとは思わなかった。相手のアニムスも分からないまま戦闘になるのは、さすがにリスクが高すぎる。それはストリートのゴーストなら誰でも知っているはずなのに。 (この少年たちが俺を殴って気絶させ、埋めようとした張本人なのか……? そうでなきゃ、この極端(きょくたん)な反応は説明がつかないぞ!)  深雪はポケットに手を突っ込むとビー玉を握りしめ、オリヴィエたちと共に身構える。  次の瞬間、赤いスニーカーを履いた少年は両手を上空に掲げた。その手先の爪はマニキュアでも塗っているのかと思うほど黒く、鮮やかな光沢を放っている。その黒い爪はぐんぐんと伸びて数メートルもの長さに及ぶと、鞭のように鋭く空を斬る。  少年の両指―――計10本の鞭が無秩序に身をしならせると、深雪たちに容赦なく襲いかかった。 「何だ? 爪が……!!」  深雪とシロ、オリヴィエはとっさに後退して攻撃を逃れたものの、少年の黒い爪はまるで豆腐でも切り刻むかのように、ブロック塀やアパートの壁をいとも簡単に切り裂いてゆく。  轟音を立ててブロック塀や民家の壁が崩れ落ち、白い粉塵(ふんじん)がまたたく間に視界を(さえぎ)ってしまう。その隙を見計らって、残った少年たちは蜘蛛の子を散らしたようにいっせいに走り出した。 「逃がすか!」  深雪はすかさず《ランドマイン》を付着させたビー玉を逃げる少年たちの足元に放った。直撃しないぎりぎりの威力でビー玉を爆破させ、転倒させるのが狙いだ。  ところがその場に残った赤いスニーカーの少年が大きく手を振り、長々とした黒い爪で地面を()ぎ払う。 「させねーよ!!」  黒い爪は路面のアスファルトを(えぐ)り、その勢いでビー玉をことごとく宙に弾き飛ばした。その衝撃でビー玉はすべて爆破してしまい、一発も逃げる少年たちに届くことなく霧散(むさん)してしまう。  その《ランドマイン》の爆発でも、黒い爪にはヒビひとつ入ることはない。爆煙が引いたあとには金属製の物置きが切り裂かれ、コンクリートの電柱にも引っかいたような傷が幾筋も入っている。 「くっ……!!」  その隙に少年たちの一団はことごとく逃げおおせてしまった。残っているのは深雪たちを足止めしている赤いスニーカーの少年だけだ。  その少年は「してやったり」とばかりにニタリと笑う。 「へヘ……! 残念だったなあ……!?」 「ユキ、オル! 伏せて!!」  シロは腰に提げている日本刀、《狗狼丸(くろうまる)》を振り抜きざまに瞳を赤く光らせて《ビースト》を発動する。ダンッ!と地面がめり込むほど強く踏み込み、スピードにまかせて斬りかかっていく。  ところが少年は両腕を交差させたかと思うと、四方八方に広がっていた黒い鞭のような爪がその体に巻きつき、球体となって少年を覆い隠してしまう。  シロは黒い球体ごと日本刀で叩き斬ろうとするも、かなりの硬度を誇るのだろう。鉄鋼(てっこう)すら切り裂く《狗狼丸》をもってしても弾かれてしまう。 「うにゃっ!?」 「どうした!? 《死刑執行人(リーパー)》なんてその程度かよ!!」   その刹那、少年を守っている黒い爪の一本がヒュンと鞭のようにしなると、シロを日本刀ごと薙ぎ払う。  路地にギインと鋭い金属音が響き渡る。  シロはとっさに日本刀を盾にして黒い爪を受け止める。それでも勢いを殺しきれず、軽々と吹き飛ばされてしまうものの、宙でクルクルと回転して民家の屋根にストンと着地した。すぐに立ち上がって日本刀を構えたところを見るに、怪我は無さそうだ。
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