第2話 孤児院での炊き出し

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 オリヴィエの言った通り、炊き出しは大盛況だった。行列が途切れることはなく、山のように用意されていたカレーや豚汁、おにぎりなどが飛ぶように無くなっていく。あまりの忙しさに目が回るほどだった。  行列が落ち着いた頃、順番に休憩に入ることになり、深雪は飲食スペースでカレーライスを食べることにした。  孤児院の(グラウンド)にはテントが設置され、その下の長机や折りたたみ椅子を並べた飲食スペースは大勢の人でごった返していた。ゴーストも人間も入り乱れているはずなのに、不思議と何の(いさか)いもない。 (なんだか学校の文化祭を思い出すな……)  ゴーストも人間もみな仲良く、深雪たちが作った料理を美味しそうに食べている。目の前に広がる光景に、深雪はここが《監獄都市》であることを忘れそうになる。そんな平和な光景が成立するのは、孤児院がある意味で特殊な場所だからだ。  街中では同じ人間同士やゴースト同士であっても互いを警戒し、決して心を許すことはない。そうしなければ生き延びることができないのだ。 (こういう光景が当たり前になればいいのに……)  深雪はそう思わずにはいられなかった。多くを望んでいるわけではない。ただ、ゴーストと人が共に生きられるようにしたいだけだ。  炊き出しが終わった後には片付けが待っていた。孤児院の子どもたちや《ニーズヘッグ》のメンバー、シロや(うみ)神狼(シェンラン)鈴華(リンファ)。総出で鍋や調理器具を洗ったり、ゴミをまとめたり、テーブルや椅子、テントを畳んだりしていく。  深雪はゴミの片づけをしながら、気になっていた行方不明者について話を聞いてみることにした。 「そういえば最近、《中立地帯》のストリート=ダストの間で行方不明者が多発してるって聞いたけど……本当なのか?」  深雪がさり気なく尋ねると、テントを崩していた銀賀(ぎんが)が訊き返してきた。 「行方不明って? なんか事件か?」 「いや……まだ調査している段階なんだけど、事件性が無いとも限らないから、一度きちんと調べておこうと思って」  すると銀賀とテントを崩していた亜希(あき)が口を挟んだ。 「ストリートのゴーストが行方不明になることは珍しくないけどね。《アラハバキ》や《レッド=ドラゴン》が絡んでいることもあるから、全容を掴むのは難しいんじゃないかな」 「確かに《アラハバキ》や《レッド=ドラゴン》が原因の行方不明もあるとは思うけど……《監獄都市》で起きている行方不明事件は、それだけじゃないような気がするんだ」  深雪の言葉に今度は静紅(しずく)が眉根を寄せる。 「……どういうこと?」 「《アラハバキ》や《レッド=ドラゴン》の恐ろしさは、ストリートの子どもなら誰しも知っている。闇組織につけ込まれる口実を与えるようなチームは生き残れないし、彼らに関わる際はみな用心するし、慎重にもなる。だから俺は行方不明事件の原因が別にある気がするんだ」  深雪は先日、とある事件で関わった、《ガロウズ》と《グラン・シャリオ》というチームのことを思い出していた。二つのチームは互いに行方不明者を捜していたが、消えた子供たちがトラブルを抱えていた形跡(けいせき)はなかったという。 「……言われてみれば確かに問題だよな。《監獄都市》は、とんでもねえ事件が頻発するから、今さら行方不明なんて誰も気にしねえ。それに、この街は閉ざされている上に狭いから、たとえ行方不明だとしても生きてりゃ消息は広まるもんだろ。それが分からないってのは……」  声を潜める銀賀に静紅は渋面を作った。 「……死んでる可能性が高いってこと?」 「それ以外に考えられるか?」 「……」  亜希は何も言及しなかったが、その表情から察するに、事の深刻さは感じているようだ。 「《ニーズヘッグ》にはいないのか? 突然、行方が分からなくなった子って」  深雪が尋ねると、亜希は首を横に振る。 「いや、ウチのチームにはいないよ。危険なことには絶対近づかないように言ってあるからね。もっとも……今まで無かったから、これからも大丈夫っていう保証はないけど」 「子どもばかりが突然、行方不明になるなんて見過ごせない。裏に何か別の事件が潜んでいるなら、なおさらだ。だから、みんなにもできる範囲でいいから調査に協力して欲しいんだ。……どうかな?」  深雪がそう持ちかけると、《ニーズヘッグ》のメンバーは互いに顔を見合わせた。 「別にいいけど……具体的には何をすればいいの?」 「まずは実態を掴みたいんだ。行方不明者がどのチームに何人いるか。性別、年齢、行方不明になった時期……そういった情報を集めたい」 「それくらいなら手伝ってもいいわよ。ストリートで起きていることなら私たちにも他人事じゃないし。ねえ、亜希?」 「そうだね。こっちでも調べてみよう」 「ありがとう、助かるよ」  《ニーズヘッグ》の協力を取りつけたら、まずは第一段階はクリアだ。深雪はほっとする。ストリートの事情を調べるのに、《死刑執行人(リーパー)》の深雪ではどうしても限界がある。これまでの経験から、ストリートのことはストリートの人間に協力してもらうのが一番だと分かっている。  深雪は次に孤児院の子どもたちに声を掛けてみることにした。 「ねえ君たち……友達が突然いなくなったり、行方が分からなくなった子が身近にいるとか聞いたことない?」  すると机や椅子を運んでいた少年二人が不思議そうに首を傾げる。 「いなくなる?」 「よく分からないけど……ブギーマンのこと?」 「ブギーマン……? 何だそれ?」  今度は深雪が首をかしげる番だった。《ブギーマン》なんて言葉は初耳だ。しかし少年たちにとっては常識であるらしく、逆に呆れられてしまった。 「知らないの? ブギーマンは正体不明だけど、真っ黒い姿をしているんだって。そして気に入った子どもを連れ去ってしまうんだよ」 「へえ……君はブギーマンに会ったことがあるの?」 「あるわけないよ。ブギーマンに出会った子どもは連れ去られて、二度と家には帰れないんだ。僕がブギーマンに出会っていたら、ここにはいないよ」 「うーん……都市伝説みたいなものかな?」  その会話を聞いていた火澄とシロがきょとんとして深雪に尋ねた。 「としでんせつ……って何?」 「都市伝説っていうのは不思議な噂話みたいなものだよ。ちょっと不気味で、根拠が曖昧(あいまい)な話が多いイメージかな。古くは口裂け女とか、人面犬とか、トイレの花子さんとか」  深雪は説明するものの、火澄やシロはどうも釈然(しゃくぜん)としないらしい。 「口裂け……? 花子さん? 何それ全然知らない」 「シロも聞いたことない。人面ナントカって何のこと?」 「この時代だと俺の知ってる話は(すた)れちゃったのかな」と深雪は頭をかく。  深雪の生きていた時代から二十年も経っているので、無理もないと思う。現代には現代の怪談があるのだろう。深雪はそう思ったが、すると近くにいた琴原海(ことはらうみ)が「そんな事ないと思いますよ」と否定する。 「私も詳しくは知らないけど、口裂け女とかトイレの花子さんとか名前だけなら知ってますし、どれも有名な怪談ですよね?」  海が知っているところを見ると、現代にも都市伝説は残っているのだろう。ところが火澄やシロはまったく知らないし、聞いたこともないと言う。  どういうことかと深雪が首を(ひね)っていると、亜希が説明してくれた。 「ストリートの子どもは大きく二つに分かれるんだ。《監獄都市》の外から囚人として送り込まれた子どもと、《監獄都市》の中で生まれ育った子どもにね。《監獄都市》で生まれ育った子は《壁》の外の世界を知らないから、知識に偏りがあるんだ」 「ああ、そういうことか……」  深雪は得心した。要するに《壁》の内と外の間で情報の断絶が起きているのだ。 (そうか……だから火澄ちゃんやシロは都市伝説を知らないのか。人参の皮むきをした時、シロがピーラーを知らなかったように、俺たちにとっては当たり前のことが、シロや火澄ちゃんたちにとっては当たり前じゃないんだ)  こういう時、改めて実感する。《関東大外殻(かんとうだいがいかく)》の内と外では世界がまったく違うのだと。 「でも、あたしもブギーマンの話は聞いたことあるよ。《ディナ・シー》でも一時期、噂になってたもん」  火澄は深雪と一緒にゴミをまとめながら言った。 「やっぱり子どもを連れ去るとか、そういう感じの話?」 「実際にブギーマンに会った子はいないから、ただの噂だって言っている子もいる。《壁》の外から来た子は、そんなの作り話だよって笑ってるけど……」 「火澄ちゃんはブギーマンの噂を信じてるの?」  深雪が尋ねると、火澄は少し考えるような顔をして瞳を伏せる。 「……よく分からないけど、本当に連れ去られるんだったら怖いなって思う」  すると亜希もそれに頷く。 「……そうだね。深雪が調べている行方不明になった子どもと、子どもをさらうブキーマンの噂は、あながち無関係じゃないかもね」 「何よそれ……ブギーマンが実在している上に、そいつが子供をさらってるってこと?」  静紅(しずく)は気味が悪いとばかりに自分の両腕をさすりながら眉をひそめた。 「あくまで都市伝説だからな、そんな気にすんなって」  静紅の心配を笑い飛ばすものの、銀賀(ぎんが)も降って湧いたような《ブギーマン》の噂に気味の悪さを感じているのだろう。その表情はどことなく()えない。 「ブギーマン、か……」  深雪もその言葉がどうにも気になった。行方不明者を調査しはじめた途端、子どもを誘拐するというブギーマンの噂が浮上した。これは単なる偶然なのだろうか。 (……どうも引っかかるな。行方不明の子どもたちと何か関係があるかもしれない。一応、気に掛けておこう)  深雪はそう心に留め、炊き出しの後片付けに専念するのだった。
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