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第3話 九鬼聖夜
翌日、深雪はシロとともに《グラン・シャリオ》の拠点を訪れた。《グラン・シャリオ》はかつて複数のテナントが入っていた商業ビルを丸ごと拠点にしており、《中立地帯》でも規模の大きい歴史のあるチームだ。
《ガロウズ》というチームとの抗争で数十人に及ぶ幹部メンバーを失い、その中には頭も含まれていた。チームとしてかなりの痛手だったはずだが、どうにか建て直したようだ。
深雪は九鬼を《グラン・シャリオ》の拠点であるビルの裏手へ呼び出した。九鬼はアフリカ系の顔立ちをした体の大きな青年で、《グラン・シャリオ》の副頭をしている。フルネームは九鬼聖夜というらしい。
呼び出された九鬼は、深雪の姿を認めるとあきれて言った。
「あんた、また来たのか……用ってのは何だ?」
「この前、チームに行方不明者がいるって話してただろ。俺は本格的にその実態を調べようと思っているんだ。どのチームに、どれくらいの数の行方不明者がいるか……詳しい情報を集めてる。だから《グラン・シャリオ》にも協力して欲しい」
九鬼はデニムパンツのポケットから煙草を取り出すと、ライターで火を点けながら小さく笑った。
「はっ……正気か? 妙なことに興味があるんだな。つくづく変わってるよ、あんた……本当に《死刑執行人》か?」
「……別に俺が《死刑執行人》だから調べているわけじゃない」
「ふうん? ま、どうでもいいけどよ」
肩をすくめて煙草の煙を吐き出す九鬼に、深雪はさっそく本題を切り込んだ。
「さっそく聞くけど、行方不明になった《グラン・シャリオ》のメンバーは見つかったのか?」
「……いや、さっぱりだ。俺たちも探しちゃいるんだが、まったく行方が掴めねえし、連絡も取れねえ。うちのチームの連中も、いなくなった奴らが姿を消した理由に心当たりがないらしい。いきなり蒸発しちまったみたいだ」
九鬼は苦々しげな口調でそう答えた。《グラン=シャリオ》は《ガロウズ》との抗争によるダメージが未だに癒えてはいない。そんな状況下では人探しに人員を割くことも難しいだろう。深雪は九鬼の情報を自分の端末に打ち込みつつ、質問を続ける。
「いなくなったメンバーがトラブルを抱えていた様子はなかった……と。じゃあ黙って他のチームに移った可能性は? 《アラハバキ》の構成員になった線は考えられないか?」
「そりゃ考えにくいな。物事にはけじめってもんがある。チームに入る時、抜ける時。筋も通さず、けじめがつけられない奴を《アラハバキ》が歓迎するとは思えねえ。他のチームに移籍するにしても同じことだ。よほどの事情が無けりゃ、そんな奴を受け入れるチームなんてありゃしねえよ」
「つまり何故、行方不明になったのか、どこへ消えたのか何も分からないってことか……」
「まあそうだな……」
サングラスで顔を隠し、表情が見えないものの、九鬼が姿を消した仲間の身を案じていることは雰囲気から分かる。
「行方不明になった子の情報を教えてもらえないか? 性別や年齢、行方不明になった時期……あとできれば名前も知りたい」
「そりゃ構わねえが……何故そこまでする? ストリート=ダストが一人や二人いなくなったところで、この街では誰も気にしない。警察はゴースト関連法があるから俺たちには無関心だし、《死刑執行人》もゴーストを殺すことはあっても守ろうとはしない。それなのに……あんたは何が目的なんだ?」
「俺はただ……自分がすべきだと思ったことをしているだけだ」
九鬼には明かさなかったが、深雪が行方不明者の調査をしようと思ったのは、京極との一件があったからだ。
チーム内に行方不明者を抱えていた《ガロウズ》は、疑心暗鬼になっていたところを京極にけ込まれ、《ヴァニタス》の餌食になった。
ストリートの子どもが行方不明になろうと自分には関係ない―――そうやって現実から目を瞑るのは簡単だ。だが、京極はその綻びにつけ込み、気づいた時には取り返しがつかないほど浸食されているのだ。だから今は、その隙間をひとつひとつ丁寧に埋めていくしかない。
(京極はおそらく行方不明事件には関わっていない。最初はあいつの仕業かと疑ったけど……京極はそんなまどろっこしいことをする性格じゃない。京極が関わってなくても、行方不明そのものを何とかしないと、あいつの餌食になるゴーストは増えるばかりだ……! それだけは何としてでも防がないと……!!)
深雪は顔を上げると九鬼に詰め寄った。
「俺たち《死刑執行人》だって完璧じゃないけど、この街を少しずつ変えていくことはできるはずだ。行方不明の子どもが大勢いるのに、見て見ぬふりはしたくないんだ。証拠さえ揃えば俺の仲間も動いてくれる。だからこそ情報が必要なんだ。できる範囲でいいから協力して欲しい」
「ふん……?」
深雪の言葉が通じたかどうか分からないが、九鬼はすんなりと行方不明者の個人情報を教えてくれた。それによると《グラン=シャリオ》の行方不明者は2人。両方とも女性で、一人は15歳、もう1人は11歳だという。
(15歳と11歳の女の子か……それならチームを抜けて《アラハバキ》に入った可能性は考えられないな……)
何故なら《アラハバキ》は大部分が男性の構成員で占められているからだ。それでは彼女たちはどこへ行ってしまったのだろう。
その時、深雪はふとオリヴィエの孤児院で聞いた都市伝説を思い出す。
「そういえば……九鬼はブギーマンって聞いたことあるか?」
半信半疑で尋ねたが、九鬼は驚くほどあっさりと頷いた。
「ああ、ガキ共の間では、けっこう話題になっているみたいだな。ありゃどう考えても、ただの噂話だろ。ネイティブの奴らは妙に純粋っつーか……噂に流されやすいからな」
「ネイティブ……? 何だそれ?」
深雪が尋ねると、九鬼は汚れた灰皿に煙草の灰を落としながら説明する。
「ストリート=ダストには二つのタイプがいる」
「それは知ってる。《監獄都市》の中で生まれ育った子と《監獄都市》の外から来た子……だろ?」
深雪が答えると、九鬼はニヤリと唇の端を吊り上げた。
「詳しいじゃねーか。《監獄都市》で生まれ育った奴のことを俺たちは現地民って呼んでいるんだ。そして俺たちみてえに《壁》の外から来た奴は移住民って呼ばれてる。イミグラって略して使うことが多いけどな」
つまり深雪や九鬼、マリアはイミグラに分類され、火澄やシロはネイティブに分類されるというわけだ。
「ネイティブとイミグラか……ブギーマンの都市伝説を信じているのはネイティブのほうが多いってことか?」
「あいつらは《壁》の内側の世界しか知らない。外を知らないから、そういう迷信の類に免疫がないんだ。簡単に信じちまうし、噂が広がる速度も速い。悪い奴らじゃないんだけどな……」
「ちなみに行方不明になった《グラン・シャリオ》の女の子たちは、どっちだったんだ?」
「2人ともネイティブだよ」
「……」
深雪は端末にそれらの情報を追記しながら考えた。
(2人ともネイティブ……か。これは偶然か? 今はまだ判断材料が出揃ってないけど、注意しておいたほうがいいかもな……)
深雪は行方不明者の情報を集めていたが、性別や年齢などが主で、ネイティブとかイミグラといった点には着目していなかった。だが、そういった情報も集めたほうがいいかもしれない。
そんなことを考えていると、不意に九鬼の端末が着信を告げた。九鬼は目線で深雪に断りを入れると通信に出る。
「ああ……分かった、今戻る」
深雪は会話を終えた九鬼に声をかける。
「《グラン・シャリオ》の仲間からか?」
「新しい頭がお呼びだ。こっちもやることが山積みなんでね」
「新しい頭……? 九鬼が頭じゃないのか?」
副頭から繰り上がって、九鬼が頭になったものとばかり思っていたから、かなり意外だった。驚いて声を上げる深雪に九鬼はニヤリと笑う。
「俺は頭にゃ向いてねえ。チームの頂点に立つってことは、それだけ責任も増す。俺はもう少しユルい環境で伸び伸びやりたいんでね。だから副頭のままさ」
「……そうか? 俺は九鬼が頭に向いてないとは思わない。九鬼は体格がいいから喧嘩も強いだろうし、頭も切れる。もったいない気もするけど……」
「新しい頭は元はナンバー3だった奴だ。アニムスは俺より弱いが、情に厚い奴で、みなに慕われている。そういう奴のほうがリーダーには向いてる。俺はナンバー2のほうが気楽でいい。影のナントカって奴だ」
そう言って九鬼は飄々として紫煙をくゆらす。
(九鬼はおどけてるけど、そういう判断って普通はできない。九鬼が自分の地位よりチームの結束力を優先させたのだとしたら……思ったより良い奴なのかもしれない)
深雪は九鬼を少しだけ見直した。最初に会った時は体格と腕力にモノを言わせ、他者を従わせようとする、ストリートによくいるタイプのゴーストだと思っていたが、深雪の思い違いかもしれない。
九鬼は煙草を灰皿で揉み消すと深雪に告げる。
「ともかく話はこれまでだ、悪いな」
「いや、十分だ。助かった」
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