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赤い糸
どうしても会いたい。その気持ちだけ、強く強く募っている。
「会いたいんだ」
「そんな事言われても、困る」
電話から聞こえる彼女の声はとても細く、小さい。怯えてるようにも、申し訳なく思ってるようにも聞こえる。
歩道橋の上から、キラキラ光る夜の街を見下ろして、胸の中の痛みを逃がすように小さく息を吐いた。
「今、あいつと居るの?」
あいつ、というのは僕の親友ーーだった男。
今はもう違う。僕の知らぬ間に彼女とあいつが蜜月の仲になってから、親友から元親友になってしまった。
つまり、そういうこと。
親友に彼女を寝盗られた。
「今は、居ない」
今は、と強調された言葉が心臓を真っ直ぐに貫く。この痛さも、この寂しさも、恋しさも。彼女にはわかり得ないだろう。
もう切るね、という薄情な言葉を最後に電話は切れた。
大きく欠けた月をぼんやり眺めながら、まるで今の僕の心みたいだと思った。
そしてそうやってほうけていたら、耳に当てたままだった携帯がするりと手から滑り落ちた。下の道路に真っ逆さま、ガッ、という音が少し遅れて聞こえる。
もしかしてアレって、僕の成れの果ての姿だったり。
「はあ」
まあ、それはそうと、どうしても会いたいんだ。
腹が立つし、悲しいし、やり切れない。だけどそれでも、彼女が好きだ。憎いと思う気持ちと同じ強さで、まだ愛している。
どうしても会いたい。
携帯はもうないから、せめて頭の中で今から行くねと彼女に向けて小さく呟き、ポケットの中に手を入れて歩いた。
歩道橋の階段を下りながらポケットの中に忍ばせた赤い糸を握り締める。赤い糸というより、紐だけれど。
彼女の白い首筋にくい込む所を夢想しながら、彼女の元へと向かう。
早く会って、君に思い知らせなくちゃいけないね。
この痛さと、寂しさと、恋しさ。僕の愛の全てを。
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