私からあなたへ ―スクロールで全部読めるバージョン―

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お母さんは嫌いだ。 私が、物心ついてからしばらくのこと。 内の両親がよくケンカしているのを見る様になった。 どっちが悪いのかとかそんなのは分からない。 何より、そこに入るのが、怖かった。 知らんぷりしたかったわけではなかったが、仲裁などに入って余計事を荒立てしまう事で、両親が二人とも離婚してしまう事を酷く恐れていた。 私が中学生3年の時、私の恐れていた事が起こった。 両親は離婚とまではいかなかったが、とうとう離れて暮らすことになった。 父も母も私を引き取ろうとしていたが、私はどうしたらいいのかとりあえず、 父が家を出ていくことになり、父が建てたこの家に母が残った。 学校もある為私もこの家に残ることにした。 そうなってからの生活は怒鳴り声や喧嘩の声を聴かなくて良くなった。 お母さんも肩の荷が下りていたのか、気持ちが前より活き活きしていたのが伺えた。 私もこれでやっと勉強に集中できた。 集中できたと言っても、どこか違和感。 やっぱり何か寂しい。 いつもなら、この時間くらいにはお父さんが帰って来る声がして、お母さんが返事をしていた。もう会話すら聞こえてこない。 家族3人で食卓を囲んで食べた日々が懐かしい。 けど、もう、食卓には一人足りない。 今はお母さんと二人で食べている時もあれば、私も反抗期なのか、母の誘いを断って、一人で食べている事が多くなった。 そんな私に母はなにも言わなかった。 ただ、御飯だけが用意されていて、勝手に食べろという事なのだろう。 そう解釈するようになっていた。 私も忙しくなって好きにさせてもらっていた。 そんなある日の事、母が急に病に倒れた。 家には私しかいない為、母の看病をしなくてはならない。 これがまた、何故か、なかなか良くならない。 最初はびっくりして母の看病をしていたが、ずっと寝込んでいて、医者にもう一度行こうと言っても、母は行こうとしなかった。 私も受験を控えている為、何かと忙しい。 だから、だろう。 いつも母がやっていてくれていた、掃除、洗濯、食事をすべて私がやらなければならなくなっていた。 これが私の怒りに変っわった。 受験勉強の時間も削られ、挙句の果てに、家で一日中寝ている母のごはんまで作らなくてはならない。 しかも、病院には一切行こうとしない。 こんな、治す気もなく、一日中寝ていようとする母になぜ、私がすべてをしなければならないのか。 そして、御飯を持って行けば、いつもごめんねと謝って来る。 謝るなら、病院に行って欲しい。何故治そうとしないのか。 私がごはんや家事をやっている事が当たり前の様に感じている母に嫌気がさしていた。 状態を知ってから、父は家に帰ってくるようになっていた。 無時高校に入れてからは、私は父と一緒に暮らすことになった。 お母さんも回復して、状態を取り戻していたから、もう大丈夫だろうと思った。 お母さんはなんだか寂しそうな目で見ていたが、たまには人に頼らないで、自分でやった方がいいと私は思ってその場を去った。 父の家はマンションで、12階に住んでいた。 とてもエレベータに乗っている時間が長く感じた。 そして眺めは最高だった。 父と食事をする事は最初だけだった。楽しく話をしていたが、ふとお母さんの事が気になった。 だけど、首を大きく降ってかき消していた。 お父さんは仕事が忙しいのか夜も帰ってこない事もあった。 そんなこんなもあってから、病院から電話が入った。 母が倒れて運ばれたという電話だった。 私は急いでお父さんに電話したがつながらず、伝言だけ残して、病院へ向かった。 ベットには酸素マスクをつながれ、眠ったままの母の姿があった。 どれだけ呼びかけても、ゆすっても、起きる気配がなかった。 私は、看護師さんにも言われ、とりあえず帰る事にした。 また、意識が戻ったら連絡すると言うので待つことにした。 看護師さんから連絡をもらって、私とお父さんは、待ち合わせをして、お母さんの元へ向かった。 丁度学校が終わる時間に父があわせてくれたので、そのまま向かった。 病院へ行くとけろっと笑顔を見せる母がいた。 お母さんは笑顔を見せて出迎えてくれた。 無時で良かった。 それから、私は学校が終わると、寄れる日は、母の元へできるだけ通った。 早く良くなって欲しいのと、あんなに嬉しそうな顔をしてくれたから。 こんな事でいいのなら、お母さんを喜ばせてあげたいと思う自分がいた。 だけど、退院は長引いていた。 その内父も来るようになり、休みの日は父とも一緒に病院へお見舞いに行くようになっていた。 二人も仲を打ち解けたらしく、退院したら、また一緒に暮らそうなんて感じで。 私は本当に嬉しかった。 早くお母さんが退院して、また、家族一緒に暮らせるのならこんなに待ち遠しい事は無いと胸を弾ませた。 それからと言いうもの、母はすごく元気になっていた。 まるで、いつも良い事があったかのようにハイテンション。 最初は体に障るから止めてほしいと思うほどだったが、これが本当の私なのと言いはる母が、とても嬉しそうで、私もなんだか元気をもらっていた。 何でこの人、入院しているの?と言うまでに元気で明るいので、私はひとまず安心した。 母は、もう私は大丈夫だから、ちゃんと学生らしく、病院には来ないでお友達と遊びなさいと印を押してきた。 それからは友達と遊ぶことが多くなり、母の見舞いに行く事もなくなった。 お父さんはあれから毎日足繁く通ってるみたいだけど。 なんだかんだあったけど、お互いが愛し合っていて良かったと思った。 それにあれだけ元気なら、私も、もう行く必要すらない。 行ったって元気なんだから、後は退院の連絡を待つだけ。 三人で暮らせる日が、待ち遠しかった。 そして、待ちに待った病院からの連絡が来た。 母が亡くなったと。 えっ、何で…………? 私は信じられなくて、仕事中の父に話して、すぐさま病院へ行った。 お母さんの顔には白い布が被されていて、頭の上にはお釈迦様のような置物や、花、蝋燭が建てられていた。 横にはお坊さんも立っていた。 勝手に殺されている。 その光景を見て、そう思うしかなかった。 だってあれだけ元気だったのに。 私たちはその夜何度もお母さんを呼んだ。 でも、返事は帰ってくることは無かった。 そして、しばらくたって、病院から電話がかかってきた。 看護師さんから渡したいものがあると言うので受け取りに行ってきた。 もらったのは一枚のDVD。 そこには、母の字で私の大切なあなた達へ と書いてあった。 お父さんが帰ってきてから報告をし、次の休みの日に一緒に再生してみる事にした。 休みの日。 お昼を食べ終わって私たちはソファに座り、心の準備をすると、再生ボタンを押した。 「二人とも、元気にしている? 風とか引いてない?ちゃんとご飯食べてる? あ、お母さんは相変わらず元気だよ! 病院の人とも仲良くしています。 今日はいい天気だね」 ビデオレターだ。 相変わらずハイテンションの元気な母がそこに映し出された。 お母さん……。 その元気さが、まるでまだこの世に母がいるみたいで、亡くなった事が嘘のようだった。 テレビの中の母は一瞬だけ言葉を詰まらせたように、悲しそうな顔を浮かべて、また元気よく話し出した。 「どう?高校は楽しんでる? 今どんな風になってるのか、お母さんすごく気になるな。 ああは言ったけど、まさか全然来てくれなくなっちゃうんだもん。 ちょっと寂しかったかも。まぁ、あなたが楽しそうに日常を送ってくれているならそれだけで私は幸せだわ。その為に、あなたにはああ言ったんだけど。 あなた、会社はどう?辛くて大変な事があったら、今度は前みたいに抱えちゃダメ。ちゃんと自分の娘に相談する事。いいわね。 もう、私たちの娘は立派な大人なんだから。信用しない方が失礼なんだからね。 じゃないとまた、あなた、一人でいっぱいいっぱいになっちゃうから。 もうあんなので、また家族がバラバラになっちゃうのは私は嫌だな。 だから、あなたも、こんな大変なお父さんなんだけど、支えてあげてほしいの。お願いね。 さて、遅くなっちゃったけど、このビデオを撮っているのは、あなた達に伝えないといけない事があるからです。なので、それを伝えます。 まず、このビデオを見てくれてるって事はきっと、私はこの世界にはいないです。居なくなっちゃってるよね。 三人での約束、守れなくてごめんなさい。 お母さん頑張ったんだよ。結構大変だったんだからね~、こう見えて。 でも、負けちゃった。 てへっ。 貴方が中学生の頃。いっぱい迷惑かけたわよね。 あの時も、お母さん寝たきりになっちゃって。 本当にどうしようかと思ったの。 病院に行った時に、すぐに入院してくださいって、言われちゃうんだもん。 そんなことできません。ってすぐに断っちゃったわ。 だって、入院したら娘のごはんや支度ができなくなっちゃうじゃない。 何考えてるのこのお医者さんって思ったわ。 でも、結局あなたに全部家事をさせる事になっちゃってて、本末転倒じゃないって自分を叱ったわ。 今となっては笑い話みたいになっちゃうけど。でもね、それでも病院へ入る訳にはいかなかった。 貴方の進学にいるお金にまで手を出して、治してもらうつもりなんてなかったの。 だって、あなた本当に頑張っていたのを知っているから。 そんな時にね、お父さんに相談して助けてもらう事にしたの。 やっぱり私一人では何もできなかった。 あの時は本当にありがとう。あなた。 あなたのおかげで私の体調は回復できた。 でもその後、私の前から二人して去って行っちゃうんだもん。 あれは流石に苦しかったわ。どうしようもないくらい心が痛んだ。 病に倒れて、苦しみに堪えた日々よりも、苦しかったわ。 それこそ死にそうだったもの だってやっと、家族の元へ戻れたのに、あなた達は去って行ってしまうんだもの」 お母さんの本当の気持ち。 それが流された時、私は胸を痛めた。 私がどれだけ勘違いをして、母に酷い思いを向けていたのか。 なのに母は、一度たりとも自分の事は考えず、私の事ばかりを考えていてくれていたんだ。一番苦しんでいたのはお母さんなのに。 中学生の頃の私が憎かった。 「でね、二度目に倒れて病院に運ばれた時、私はもう助かりません。って言われちゃったの。 もう、びっくりだよね。二人にはもう迷惑はかけない様にと頑張ってたんだけどね。また迷惑をかける事になっちゃって。 お父さんにだけは、この事を先に話していたの。ごめんね。 だからこれは、あなたには初めて聞かせることになると思う。 でも、勘違いしないで、あなたを信じていなかったからじゃない。 悲しんでほしくない、あなたの大事な青春の時間を無駄にしてほしくなかったの。 だから、お父さんと相談して決めたの。 ねぇ。あなた。」 父は涙を流しながらこくこくと頷いていた。 「でもね、それからよ。私も驚いたわ。 二人が一緒に来てくれたり、あなたなんか、学校帰りにいつも来てくれていたじゃない。 最初は、 私の事、あの子に話したでしょ、って散々お父さん攻めちゃって。 ごめんねお父さん。あなたはちゃんと約束を守ってくれていたわ」 だから、私もあなたに心配かけない様にって、最大限のフルパワーであなた達と接することにしたの。 だって、残りの人生あなた達と楽しい思い出で過ごしたいじゃない。 なのにお父さんったら酷いんだよ。聞いて。私の元気が大げさすぎて、逆に怪しまれるって言うのよ。そんなことないわよね。 でも、それから時が進むにつれ、私の体もだんだんと力を失っていったの。 お父さんにはそんな姿を見せちゃって、また助けられていたのよ。 もうじき、みんなとも会えなくなると実感させられたわ。 だから、もう私にはいっぱい、い~っぱい、あなた達から楽しい時間をもらったから、あなた達の時間を今度は大切にしてほしいと思った。 もう、いなくなる私にあなた達の大切な時間を割いて欲しくなかった」 だから、あの時、私に、友達と遊べ。なんて言っていたんだ。 それに、お母さんの元気な振る舞いが、私たちを悲しませない様にするためだったなんて、 酷いのはお母さんの方だよと私は思った。 一番しんどいのは自分なのに、私たちの為に元気でいるなんて、どれだけ辛い事か。しんどいと言う事を、本当の気持ちすら言えないで、一人で戦っていたんだ。 そんなことを考えると胸が痛くなる。 「あなた達が自分の時間を大切にしてくれて安心した。もし、まだ病院に通い詰めたらどうしようって思っちゃって。 いっぱい考えたの。貴方たちがこれ以上心配しない様にするにはどうしたらいいか。 それは元気じゃん! って思ってもらう事が一番いいのかなって。 私はもう長くないから。 はい、じゃあ。 ここからは愚痴ね。 私が、今本当に思ってて。貴方たちにはやっぱり、知ってもらいたい気持ち。 だけど約束して。 ここの話しは、聞いたらすぐ忘れる事。これは今のあなた達には全く残す必要のない事だから。 ただの私のわがままでしかないから。 でも、私と言う人間をやっぱり知っていて欲しい。せめて、忘れられてたとしてもあなた達だけには。 だから、聞いてください、 じゃあ、行きます。 もっと、あなた達と一緒に居たかった。 どうして私だけ先に行かなければならないの? 卒業式私も出たかった。これから先どれだけあなたは綺麗になっていくんだろう。あなたの結婚相手、生まれてくる子供、あなたの成長する姿を見て居たかった。 お父さんを支えてあげたい。 こんなに迷惑をかけ続けた私を、それでも救いに来てくれる人はあなただけだった。 あなたには、返しきれない恩があるのに、返しきれないまま行くのがつらい 三人で暮らすと言う話。叶えばいいなと思っていた。 きっと私はこのまま行っちゃうから無理かもしれないけど、三人で暮らそうって約束してもらえた時すごく嬉しかった。 もしかしたら治ってもう一度、一緒に居られるかもってそう思ってた。 貴方たちと一緒に居れないのがとても寂しい。 私はあなた達の事が心の底から大好きです。 …………………………、」 TVに映るお母さんも泣いていた。 本当の気持ち。辛くて、今まで言いたくて、ずっと我慢していた、母の気持ち。 こんなの見せられて、泣かない家族はいないよ。 ――――――――――――――――――――。 「あははは、 言っちゃった。これで全部私が秘めてたことも、今まで話さなかったことも全部ここに出しました。 これからは二人とも幸せでいてね。 幸せじゃなかったら許さないんだから」 ここ一番のお茶らけた笑顔を母は見せていた。 「それじゃぁ、またね」 お母さん、お母さん、お母さん! おまえ、おまえ、おまえ! わたしもお父さんも、ただお母さんの名前を連呼した。 この映像が終わってほしくなかった。 終わったらもう一生会えない気がしたから。 二度と終わらないまま、流れ続ける事を願っていた。 お願い。 お願いだから、切れないで。 「あっ、それから、」 良かったまだ切れない! 「私からのあなたたちへの最後の贈り物です」 お、贈り物? 「はい、すぐメモる! はやくはやく、 ビデオが切れちゃうよぉ~ 大丈夫?メモの準備はいい?」 私たちは大慌てでメモを探して、座った。 もう涙でいっぱいでそれどころでもないのみ。視界が霞んで前も見えない。 「うん、大丈夫かな~。 じゃあいくよ。 〇〇区○○○○町○○番地○○ メモってくれたかな?」 メモはした。 でも、ここって、病院? 「ここに私たちの大切な家族がいます。 そう、気づきましたか? あなたの大切な二番目の子供、四人目の家族です。 あなたの妹になる子ですよ。 いい、あなたお姉ちゃんになるんだからね」 「大切に守ってあげてね これが、私からの、あなた達への最後の贈り物です。 これで本当に、本当に、私からは全部です。 あ、そうだ成長したら、ぜった三人で私のお墓参りにはきてよね。 あ、でもその時は違うお母さんがいて、4人以上になってるかも。 じゃあね、ばーいばーい」 ここで映像は止まった。 私たちは顔を見合わせた。 私たちに、また一人、家族ができたなんて。 お母さんは最後に、新たな生命を私たちに送って、去っていった。 こんなに素敵な贈り物。 送るだけ送って自分だけ先に逝っちゃうなんて。 最後の最後にこんな報告なんて、せっかくお母さんで浸っていた時間が、一気に失われるじゃない。 私、もっと浸りたい。 あやまらなければいけない事をしていたのは、私。 お母さんは何も悪い事はしていない。 お母さん。ほんとうにごめんなさい。 お母さんの気持ちをわかってなくて、お母さんに辛い思いばかりさせていたのは私たちの方だった。 今更わかったところで遅い。 もう謝ることも、この気持ちを伝える事も出来ない。 なのに、お母さんはテレビの中でも最後まで私たちが悲しまない様にって、してくれていたんでしょ。 私には解るよ。 だから、最後の、最後に、全部出し尽くして、私たちの妹の事を言ったんでしょ? お父さんも妹が生まれていたことは知らなかったんだろう、目を大きく見開いて、驚いていた。 ありがとうお母さん。お母さんがいてくれたから私たちはここまで成長してこれました。 ゆっくり休んでね。 お母さんの事はこの世のどんなものより、一番大好きです。 妹は必ず守るからね。 本当に素敵な贈り物をありがとう。 最愛のお母さんから受け継ぐ、命の贈り物を受け取りに、 私とお父さんは、メモした病院へと向かった。
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