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街から一里ほど離れた深い森の中……。
その場には似つかわしくない出で立ちの少女が一人、天を仰いで立ち竦んでいた……。
(ここはどこなの……私はどうしてこんな所に……)
少女は自分の身に起きた事を理解しようと必死に考えを巡らせていた。
高等学校へと通うべく友人と大通りを歩いていた筈なのに、何故この様な場所に居るのか……。
誰かに連れ去られた記憶などは無い……なのに何故、都会の道路から森の中に移動しているのか……。
少しでも情報を得る為に、少女は周りを注意深く観察した。
(何かしら……この森から感じる違和感は……)
森に生い茂る草木は少女が見慣れた物とは少し違うような気がする。
いつも友人と話をする公園や、遠足等で訪れる野山と比べてみても、形状や色彩がどこか違うように思えてならない。
(まさか……ここが日本じゃないなんて事はないわよね……)
少ない情報と知識では何一つ疑問は解消されない。
不安でその場を動けぬ少女に対し、後ろから不意に声が掛けられた。
「そこに居るのは精霊か? 何故邪眼の及ばぬ彼の地を彷徨っておるのだ」
見た目の年齢は七十歳前後と言った所だろうか?
白い髭を貯えたその顔は、日本人のそれとは明らかに違うように見える。
男性は少女の事を知っている様子で、戸惑う少女の前に水の入った容器を差し出してきた。
「清き水の精霊たちよ、蒼き湖の結界を解き放ち、我の存在する常世に命の源となる潤いを齎し、この者の体躯に苦痛を与えし渇きを癒せ」
少女には男性の話す言葉が分からなかった。
日本語を話しているようにも聞こえるが、頭の中で何度その言葉を繰り返してみても、意味を理解する事が出来ない。
(これはきっと空耳で、なんとなく日本語に聞こえてるだけよね……『what time is it now?』が『掘った芋いじるな』って聞こえるのと同じよね……だって日本語だとしたら意味が全然分かんないもん)
意味不明の言語を話す男性に対し暫くは警戒していたが、それでも先程から感じている喉の渇きには勝てない。
少女は差し出された水を一気に飲み干し、即されるまま荷馬車へと腰を下ろした。
(どこへ行くのかしら……森を抜けたら知ってる場所だったらいいな……)
程無く馬車は森を抜け街へと到着した。
家の近所では無かったとしても、せめて日本の何処かであってほしい……そんな少女の淡い期待は音を立てて崩れ去った。
煉瓦や石のブロックを重ねるようにして作られた家や道路……。
荷物を降ろす為に馬車に集まる人々の顔立ちや髪の色……。
どれを取ってもここが日本ではない事は明らかだった。
大勢の大人達が荷下ろしに汗を流している中、一人の少年が馬車へと近づいて来る。
年齢は少女と同じ十六歳前後だと思うのだが、どうやら怪我をしているらしく右腕に痛々しい程に包帯を巻き、左目には眼帯を着けていた。
少年は少女の姿を見つけるや否や喜びの表情を浮かべながら話しかけてきた。
「忽然と比岸より姿を消したが故、彼岸に旅立ったのではないかと我は危惧していたのだぞ……だが流石は死を超越せし者……杞憂であってなによりである」
少女は戸惑いを隠せなかった。
言葉は分からないものの、少年の態度や声のトーンは明らかに自分を知っているものだったからだ。
(この人は私を知っているの? 私はこの街に住んでいたって言うの? じゃあ私はいったい誰なのよ!)
落胆する少女を他所に、街は何も起きていないかのように日常の音を響かせている。
それは少女の耳へも届き、更に困惑の闇へと突き落とす。
「漆黒の闇から覚醒した眩い光よ……そろそろ我が身の力を解き放つとするか」
「この眩しき光がお前にも見えているのか? 漆黒の闇の中に燃え続ける禍々しくも美しき光……そう、その光を感じられる事こそが、我らが生きとしいける者の証明なのだ」
(街中の人が同じ言葉を話してる……)
「虚無から誘いが来た……我は自らの鼓動という唄の中、いずれ虚空へと消える虚像を暗黙の中で見る事にしよう……」
(こんな乳母車に乗るような小さな男の子まで! やっぱりここは日本じゃないんだわ……)
言いようの無い不安に襲われ、少女は馬車から駆け下り走り出したが、その時に窓に映る自分の姿に驚愕した。
(だ……誰なの……窓に映ってるこの子は誰なのよ!)
金色の髪に青い瞳……。
日本人には見えないその容姿を見たとき、少女の脳裏に一つの記憶が蘇ってきた。
(そうだ……私は確かに日本の女子高生だった……。
お友達と歩いてる所にトラックが突っ込んできて……それで死んじゃったのよ……。
…………
…………
目が覚めたら何も無い真っ白な空間で……。
神様っぽい雰囲気の男の人が立ってたけど……)
『我こそは命の刈り取り人にして魂の導き手……死する者の解れた糸を来世へと紡ぐ機織り人……』
(訳の分かんない事を話し出すから変な夢だと思って適当に相槌を打って……。
どうせ夢なら「こんな真っ白な世界じゃなくて、もっと格好いい男の人がいっぱい居る世界にしてよ」とかお願いしちゃって……。
…………
…………
まさか……。
…………
…………
まさか、あの男の人が本当に神様だとしたら……。
神様自身が中二病で、あの言い回しが本当に格好いいと思ってるんだとしたら……。
…………
…………
私は……私は……)
「テンプレトラックに跳ねられたら、中二病の世界に転生しちゃったって事なの~!」
すべてを悟った少女の叫び声は、街の中に虚しく響いた……。
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