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新しい客がご来店
「いらっしゃいませ」
厨房に立って出迎えた綺堂は、現れた客を見ても落ち着いている。
客は二人。男と男。だろう。
一人は紳士。帽子をかぶり、サングラスをしている。背が高く、口髭を生やして、チェックのスーツを着込んで、なんだか怪しげな雰囲気がある。
もう一人は、巨大な熊。大きな頭の区別なく続く巨大な体、足も同じ幅をして、壁っぽい。色は灰色がかったベージュ色で、毛質はもこもことして、全体はふわふわした輪郭をしている。
服は、蝶ネクタイと、ベストと半ズボン。コーディネートは良くてお洒落さがある。
顔は猫みたいだ。鼻下から円形に白い毛になっていて、口元は笑っているみたいになっている。
「こんばんは」
獣も大きな頭にちょこんとした帽子を被っていて、可愛らしい前の手で、器用につかんで脱いだ。
「こちらは、美味しい料理を我々に提供してくれるレストランと聞いて、やってまいりました」
獣、そう、妖怪が言う通り、綺堂のレストランは、森の精に料理を出すレストランだ。
最初は人間相手に商売をしていたが、辺鄙な隠れ家にしたら、人間よりも妖怪が来始めたという次第。
綺堂も最初は戸惑ったが、この不況の折、客を選んでいる余裕などない。
人間が来ないので、仕方なく迎え入れたら、これが案外、ちゃんとした振る舞いが出来る。食事マナーとか、会話とか。
人間でないので、貨幣はお持ちでないが、その代わり、たんと礼をくれる。
綺堂にも、彼らが本日何をくれるのかは、分からない。一番良いもので、金とか、まあ、たいてい、物々交換になるが、悪くない売り上げがあるとだけ言っておこう。
「いらっしゃい。それはよくお越しいただきました。我がレストランの評判を聞いて来てくれるとは嬉しいですね」
綺堂は、客には愛層が良い。
普段から怒られている勘次郎は、綺堂の違う顔を知っている。
聖人君子みたいな表面づらしている下には、妖怪よりもおどろおどろしい一面が隠されている。
それを知ったら、目の前にいる妖怪どもも、さぞ驚くだろうが、どうしようかなという悪い想像をする勘次郎だ。
「こちらへどうぞ」
「われわれは、ねえ」
「ええ、我々ですからねえ」
ふいに別世界に現れた気恥ずかしさをにじませながら、二人はお互いの含むところを通じ合う。
恥ずかしがっている彼らの気持ちを感じ取り、綺堂は優しく言う。
「お気になさらず、おくつろぎください」
ほっとして、二人は顔を見合わせる。
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