楽しみだ

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楽しみだ

「普段は簡単な食事しか食べない我らに、あなたは料理という味付けをして、驚かせてくれるとか」  背の高い男は、マニアックな顔で、にやりと笑う。殺人犯みたいな形相と雰囲気を出しているが、本当にレストランに料理を楽しみに来たのが伝わる。  森の精が、普段、粗食をしているので、味付けをしたり、調理をした料理を美味しいと思うのは当然だ。  昔の森の原始人が、いきなり現世で料理を味わうみたいなものだ。  森の精なので、どのような姿のバケモノも、草食しかいない。ここに来るモノに限りだが。  草や野生の木の皮、根っこ、キノコしか食べてないので、綺堂の調理した料理は、味わったことがない珍妙なものというわけだ。 「ありがとうございます、期待に添えるように、料理させていただきます」  期待されているのは分かるから、綺堂は素直に受け入れた。 「おい、勘さん、そろそろ取り掛かってくれるか」  勘次郎にも役目はある。最後の甘味処を出す仕事だ。  お菓子を作るパートは意外と時間がかかる。  綺堂は料理は出来るのに、お菓子作りの腕は落ちる。 「へいへい」  餡子を蒸しててから漉すので、手間暇かかる。  お菓子にもいろいろ種類があるが、手間暇かけて、時間がかかるお菓子を、綺堂は好むので、勘次郎は時間をかけて作る。  野菜の下処理、台所の洗い物、掃除と、他の雑用仕事も、ぜんぶ勘次郎だ。  あくまで、料理の主役は綺堂。  それでも、下処理以外の野菜切り、炒め、蒸し、揚げなど、全部綺堂がやるのだから、勘次郎もあまり文句は言えない。 「では、こちらへどうぞ」  てきぱきと包丁をさばきながらも、綺堂は客を案内する。  客の応対や接待なども、ほとんど綺堂が一人でやってしまう。  器用な男で、料理は速いし、お客が足りないものをすぐに気づいて動く。  修行時代は、名の知れた料理店で頭角を現し、先輩連中のやっかみを買って、失敗もあったようだが、今は己の店を構えて、落ち着いている。  「お飲み物は、何になさいますか?」 「その前に、メニューを知りたい」 「その日に仕入れた食材をお出しするので、決まった名前のメニューはないのですが、さきつけから、おつくり、焼き物、煮物、揚げ物、ごはんと香の物、デザートをお出しする予定です。普通のレストランと変わりないものと思っていただいて結構ですよ」 「それは楽しみだ」  背の高い男とうなづき、ぱちんと指を鳴らして、綺堂を指さす。 「では、うんとこれはいけると、したためられる飲み物を」 「豊潤な赤ワインをお出ししましょう」
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