草好き

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草好き

 妖怪たちは、肉は食わない。野菜食い(ベジタリアン)。  毎日、草や野菜、木の皮などを食べて生きて来た連中だから、料理には疎い。  味わったことがない料理に感動して、綺堂は感謝されるし、褒め称えられる。  何より、こんなもの食べたことがないと言いながら、一生懸命食べてくれるのが嬉しい。  本当にここに料理店を開いて良かったと思う。  味のない異世界に、超一流の料理人が現れたと同じで、自分が必ず褒め称えられる。  とくとくと、日本産のワインを注ぐ。  ケモノたちは、お酒で酔わないが、ニュアンスとかテイストが好きで、飲み物のこだわりが強い。 「いい香り、いいお味ですね」  サングラスをかけた男が美味しそうに呑む。 「うん、こんなうまいもの、この世にあるとは」  初来店のお客さんの言うことは、みな、同じだから、面白い。 「なんですかな、これは」 「ブドウの実と房を発酵させて作ったお酒です」  まあ・・・驚嘆しながら、あやかしたちは、ほうっと吐息と吐いている。 「お客様は、人間界の料理は初めてで?」 「ええ、人間の前に姿を現すわけにはまいりませんので」 「そうですか」  たいてい、山の衆は、みなそう言うので、綺堂も心得ている。 「今日は特別に参ったわけです。特別な姿で。あなたの評判を聞いて」 「それは、ありがとうございます」  口を動かしながらも、手を動かしていた綺堂は、会話の間に、ちゃんと料理を作り、すっと差し出す。 「先附の木の実、三種の盛り付けです」  山の新鮮な木の実をわさびで合えた和え物、山芋でくるんで蒸した蒸し物、フキと合わせて煮たもの。三種。 「ほう、これは見事な」  もふもふが器用に箸をつかみ、口元に入れる。白いもこもこの口元に白い山芋の蒸し物が放り込まれる。  もぐもぐと口が動く。 「里芋のから揚げの椀物です」  里芋をから揚げにしてからっと香ばしくしたものに、香辛料とあられをかけ、とろみを利かせただし汁に浸したもの。温かく、食べ応えが抜群。腹が膨れるから、満足感も味わえる。 「おお、これは」 「ほくほくして、こんなうまいもの、あるのですな」  灰色にほんのりピンクが混じった壁みたいな獣。梅灰色とでも言う色だろうか。は、はふはふと一生懸命に芋を口に運んでいる。  濡れて光る黒がちな目が、あどけなくて、よく見ると、こいつのほうが位が上っぽいなと思った。よくあるのだ、神々とやらが上下関係を気にし合っていることが。  森の王、さしずめ、森の賢者というところか。  綺堂の勝手な想像だ。
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