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もしや、あなた方は
「こんな料理を食べられるとは、本当にありがたい」
「ここにこんな店を建ててくれて、あなたが来てくれたのは、奇遇としか言いようがない」
上機嫌になった獣と、サングラスの男は、だんだんとしゃべることも楽しむようになってきた。
「ですが、あの、私らは、ちょっと肉は駄目なので、そこのところは、お分かりになっていますかな?」
「ええ、それは、もちろん。お出ししませんよ」
最初の頃は、これぐらいならと出した出汁でも、怒られた。
だから、今は、彼らに出す料理は完全、野菜料理だ。
「ほっほっほ」
妖怪どもは、満足顔。
得たりの綺堂に、ご満悦。
「こんにゃくと野菜の刺身です。わさび醤油と、こちらのオリーブオイルとレモンのタレをつけてどうぞ」
新鮮な野菜をスライスし、氷で締めて歯ざわりを良くした野菜に、ノリの風味をきかせた刺身こんにゃく。口当たりが爽やかになるはずだ。
「おお、この野菜、美味い。ただの野菜がこんなふうにおいしく食べられるだなんて、家でもやってみようかな」
「百舌鳥さんところは、家はないでしょう」
「あ、そうだった。そうだった。テングノさんには、一本取られたな。はっは」
梅灰色の男は、モズという名前らしい。
一方の男は、まさかあの有名な・・・?
まさかと、綺堂は打ち消した。
店にはややこしい紛らわしい名前の客も来る。
この前もカッパと思ったら、違った。
日本の書物や何かで描かれた妖怪変化の姿は、ある一部の姿を切り取ったもので、実態はいろいろもっとあるのだ。
「それで、あなたは、なぜこちらに店を構えることになったのですか?」
料理も半ばに入り、腹も膨れてきた上機嫌な客は、綺堂と話をしたがるのだ。
何度も答えた解答を、綺堂はこの時も笑顔で答えた。
「実は、実家の者が病気にかかりまして、その支払いが高額になったのです。その上、弟の会社も負債を抱えましてね、借金が払いきれなくて、借金取りが職場まで来たんですよ。それで、腕がいいから、俺に目をつけていた先輩方から非難されて、追い出されたというわけです」
「はあ、そりゃあ、大変でしたな」
天狗の男は、わりと真面目に聞いてくれた。
これは嘘偽りない、綺堂の真実の話だ。
実家の両親が二人も治療代がかかる病気になった。ちょうど、弟が事業で失敗して、多額の借金を背負った時だ。不幸は重なるもので、なけなしのところに、治療代がかかって、綺堂たち一家の残りの財産を、容赦なく搾り取った。
綺堂も全財産を失った。家族は今安アパート暮らしで、弟がなんとかサラリーマンの仕事をして養っている。
店は信用が第一なので、綺堂は職を切られ、心機一転、この店を始めた。
ぼろ小屋を改装したので、費用は内装費しかかかってない。金は借金で賄った。
思えば、あの時が一番辛かった。
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