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「ね、それで、いた?ムクノキの仙人」
「いやあ・・・」
タツノコがシイタケのてんぷらをほお張りながら言う。
報告を聞いて、いなかったはずだが、話題も違う話になって、そのまま忘れていた。
「仙人、ですか?」
「仙人は総称だわよ。言い方は何でもいいの。木の精でも老師でも翁でも。年季の入ったものは、ある日突然、目覚めるから、気をつけたほうがいいわよ」
綺堂も勘次郎も上を気味悪そうに見上げる。
「ほら、私だって、何をするか分からないしね」
ふたたび嵐を巻き起こしそうな危ない目線でウィンクされ、一瞬、また殺気だった。タツノコは血の気が多い女でもある。
綺堂は話もそこそこに、裏で勘次郎に話しかけた。
「ど、どうする?俺らの住まいの家主、ムクノキさんが、奈落の底へ引きずり込むだの、枝葉でやるだの言い出したら、俺らここから出なきゃいけなくなるかな?」
「マスター、木の主っちゃ、この木の主だ。居候が偉そうな態度取ったら、木、だって怒りますよ。小屋もよっかかって立ってるし、ムクノキ様がいなければ、こんなぼろ小屋、倒れちまうんだ。有難く、尊敬して、大切に使わせてもらわないと」
「お、おおそうだな。今後はムクノキさんともうまくやっていこう」
「へい、ムクノキ様様ですよ」
綺堂が平身低頭の気持ちになったところで、ぐらぐらとまた揺れた。
綺堂は朽ちかけた天井の梁、ぼこぼことなった壁を見回し、この小屋も寿命が来ていることに気づく。
神様も、ぼろ小屋なんかじゃこそばゆくってしょうがねえかもしれねえ。
「このぼろ小屋、立て直しが必要だ。雨漏り凄くて。だが、こつこつ貯めにゃあ、間に合わんぜ」
「ムクノキさんが収まるか、小屋が崩れるか、どっちが先かってわけですかい?」
「ムクノキさんは先じゃない」
「いっけね、ムクノキさん怒っちまったかな」
「おまい、今さっき、ムクノキ様様でいこうって言ったところじゃないか。怒らすんじゃねえ。それでなくったって、揺れちまってんだ」
「んなこと言ったって、俺は育ちも悪りいから、どう言ったらいいか」
「ムクノキ様、頼みます」
「ムクノキ様、お願いしますだ」
綺堂も勘次郎も一心不乱に祈った。
それきり、何の反応もなかったから、ムクノキは起きたか、眠ったか。
よくは分からない。
ぐがあ。
綺堂たちは知らないが、そのときムクノキの精はすでに眠りに入っていた。
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