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「…あの曲はもう、歌えないんだ」
となりにいる彼が口を開いて、わたしは黙ってそれをきいていた。
「言わなくてもわかるだろ、彼女のために作った歌、別れてから外で歌えるわけねえし、思い出すから無理なんだ」
ギターのネック部分を握りしめた手にぎゅっと力が込められて、未練を示すようなため息が真下に落ちた。
「未練がましいって、笑っていいよ」
乾いた笑いとともに発されたその言葉に首を振った。
「わたしも一緒だから、笑わないよ」
気づいたら手を伸ばしていて、その指先はネックを強く握りしめた拳に触れていた。
ぴく、と動いたそこを手で覆えば、そこは冷たくて、悲しくなった。
「もうあの曲は、うたわないの?」
「うん、たぶん」
「じゃあ、最後に、歌って」
自分の口からこぼれた言葉に自分でも耳を疑った。
わたしは、もうあの曲を聴けないのに。
そんなわたしをみて、同じように驚いている彼と目があった。
「話、きいてた?」
「うん、きいてた」
どうしても、あの曲を、この人には嫌ってもらいたくなかった。
あの歌はもう好きじゃないし、聴きたくないけど、それでもわたしのなかでは大切なうただった。
それはきっと、大好きだった人のことを考えて歌ったこの人も、おんなじだ。
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