きみと 逃避行

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となりで瞳を閉じて歌う彼のそこから、涙がつー、と伝って、わたしはそれを黙ってみていた。 彼の目を閉じたそこに映る、ひとりの女の子は、いったいどんな人なんだろう。 幸せだったころを取り戻したくても、時間は待ってはくれない。 これまでのことを思い返しても、もうどうにもならないから、今日でもう、全部置いて帰ろう。 モノクロだった世界は、きみのおかげで少しだけ、色がついたような気がした。 だからどうか、きみの世界にも少しずつ色が戻ってほしいと思う。 聴きなれたフレーズを、ひとつ、ひとつ、取り逃さないように掬って、心の中に全部そっとしまいたい。 彼の最後の逃避行を、わたしはずっと、黙って聞いていた。 ギターを弾く手が止まったとき、わたしはこの人のことを優しく包み込みたいと思うんだ。
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