心を刻む

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心を刻む

 西日が窓から差し込み、キャンバスを橙色に染め上げる。  昼間の喧騒が嘘のように、人の気配が消えた校内はひっそりと静まり返り、グラウンドの運動部の掛け声と吹奏楽部の管楽器の音だけが結露した窓を微かに震わせる。  この時間になると意識がキャンバスに吸い付けられ、それ自体が自分の心と同化したように感じられる。集中力、なんて言葉が思い浮かばないほどに無心に絵筆を動かすだけの時間。  思い描いていた色合いとは変わってしまったような気がして、ふと気が付いてみたら外がすっかり暗くなっていたなんて事もよくあった。陽光と蛍光灯では、同じ色でも見え方がずいぶん違って見える。  もう一度イメージと絵のズレを頭の中で微調整しながら、ただただ僕は、色を塗り重ねていく。  絵筆を通じて、キャンバスに自分の心を刻みつけていく。  今日あった良い事も、悪い事も、全てキャンバスに閉じ込めてしまうんだ。 「もしかしたらと思ったら……やっぱりここにいたのね?」  透明に澄み切った水の中に絵具を落としたように、凛とした声が僕を無意識の底から呼び覚ました。  入ってきたのは美術部の顧問の美奈穂先生だった。 「そろそろ暗くなるわよ。いい加減にしたら?」  顔を背けた僕の頬に手を当て、美奈穂先生はくいと自分の方へと向けた。表情が曇り、ため息をつく。 「一体何があったの? 最初に聞いた時、びっくりしたわ。キミがまさかあんな事をするなんて」 「……なんでもありませんよ。先生には関係ないです」 「なんでもなかったら喧嘩にならないでしょう? 卒業式も近いっていうのに、気をつけなさいよ」  先生は親指で僕の口の端をなぞった。昼間殴り返されたそこは、内出血を起こして青紫色に変色していた。  心配そうな表情に罪悪感がこみ上げ、視線を床へと落とす。無言の僕を見て、先生はもう一度ため息をついた。 「これ。探して来たの。捨てちゃ駄目でしょう。大事なものなのに」  おもむろに先生が取り出したスケッチブックを見て、僕は息を飲んだ。それと同時に羞恥が全身を駆け巡り、身体がかぁーっと熱くなった。
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