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 憧れという感情は、とても恋に近い、と思う。  春休みがそろそろ終わる、3月末。青いチェロケースを背負った私が大学に着いたのは、朝の9時を過ぎた頃だった。まっすぐ部室に向かって部屋に入ろうとしたところで、ドアの向こう側から聞こえてきた音に、ドアノブを掴んだまま動きを止める。  いる。彼が、部室でチェロを弾いている。  こんなに深くて柔らかい、美しい響きを出せるのは、彼しかいない。  深く息を吐き出して、吸った。もう一度深呼吸をして、私はドアを開ける。 「お疲れ様ですー」  私の挨拶に、彼はチェロを弾く手を止めて「あ、おつー」と気の抜けた挨拶を返した。寝ぐせなんだかセットなんだかよくわからない柔らかな茶髪の下で、へにゃっという効果音が聞こえてきそうな笑顔を見せる。  20歳の彼は大学2年生で、私のひとつ上の先輩で、憧れの人だ。  部室にいるのは彼だけだった。本当にこの人、朝から晩まで練習してるな、と思いながら私も楽器をケースから出す。
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