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「檜山くん、頑張ってるね。オバサンはお母さん目線で見ちゃうなあ」
近藤はコーヒーを飲みながらしみじみと呟いた。
「そうですか」
「なんか素っ気ないなあ」
「まあ、同期のひとりってくらいなので」
たまにふたりだけでランチに行っているとはいえ、プライベートで遊びに行くわけでもないし、その程度の仲なのだろうと思っている。しかし、あのぼんやりした昼食のノリで、休日をふたりで過ごしたらどうなるのだろう。いちどくらいやってみたい気もした。
残りの仕事を終わらせて今日は定時で上がろうと、谷川がパソコンの画面に意識を戻そうとした瞬間だった。甲高い悲鳴とともに、廊下がにわかに騒がしくなった。
「どうしたのかな?」
近藤も気にしているが、電話が鳴ったのでそちらを優先する。
「俺、見てきます」
谷川が廊下を覗くと、数人が階段付近に集まっていた。横たわるスーツのパンツと靴が見えた。誰かが倒れているのだ。その脇にはひびだらけのディスプレイがキーボードから半分外れかかったパソコンが転がっている。
半眼のまま動かない顔を見て、谷川は声を上げた。
「檜山!」
檜山は真っ青な顔色で、すこしだけ開いた口の隙間から食いしばったような歯列がのぞいている。呼吸をしているのかさえわからなかった。白髪頭の警備員が谷川に声をかける。
「君、知り合い?」
「同期です」
誰だかはわからないが慣れた様子の社員が来て、首から下げた社員証を確認している。
「頭打ったようだから、下手に動かさないで。救急車呼んだから」
「こいつ……どうしたんですか?」
社員は顎で階段を指し示した。
「いちばん上から落ちたらしい。目撃者によると、ゴロゴロ転がってあちこちぶつかってたってさ。パソコンがおじゃんだ」
谷川は体の奥から体温が奪われていくような感覚をおぼえた。
「檜山……」
入社してすぐに受けた救急技能研修をもっと真面目に聴いておけば良かったと谷川は後悔した。こういうときはまず声かけするんだっけ、それから息をしてるか確認して、えーと気道の確保……?横向かせる……?でも頭を打ってるなら動かしちゃダメなのか……救急隊が来るまでおとなしくしているべきなのか……?
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