会社の同期

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「3階の男子トイレの個室、レバーの調子が悪くなってたみたいで……だけど誰も報告してくれなくてさ。で、檜山が入ったときについに取れちゃって。あいつ動揺したみたいでよろけてタンクに激突して……」 「割れたのか?ぱっかりと?」  あたふたしている檜山の姿が容易に想像できてしまう。 「ヤツも人間だからそこまでの破壊力はない。タンクの蓋が外れて床に落ちた。割れる寸前のヒビ。レバーも壊れてるし、いっそのこと取り替えたいなと」 「ふーん……」  谷川は見積書に目を通すふりをした。 「檜山は怪我してないのか?」 「おっ、心配?」 「いやいや、労災とかあるから」 「気が回るなあ~。すっかりお母さんじゃん」  近藤が聴き耳をたてているに違いないから、あまりからかわないで欲しい。ついつい変なことを訊いてしまった。仮に怪我をしたとしても、労災の申請をするのは谷川の仕事ではない。 「修理はいいけど、あと2社くらい見積取ってくれよ」 「わかった。どっか業者知ってる?」  谷川は立ち上がり、課で共有している名刺ファイルを手にして戻ってきた。顧客ではなく、修繕や清掃を請け負う近所の業者の名刺である。 「この辺かな」  めぼしいものを抜き取って榎本に渡す。 「サンキュ。また今度飲みに行こう」 「うん」  榎本と最後に飲みに行ったのは1ヶ月くらい前だったろうか。別にそれだけ話しているわけではないが、なんとなく檜山の愚痴を聴いてもらっている。でも、それは控えたほうがいいのかもしれない。話せば話すほど、榎本にあれこれ詮索されてしまいそうだ。  檜山から再申請のデータは送られてこない。たぶん忘れて出張に行ってしまったのだろう。谷川は諦めて伝票の処理に集中することにした。  終業のチャイムが鳴ると、近藤は素早くパソコンを閉じて慌ただしく退勤する。子供たちの塾や習い事のお迎えをして、夕食を作らなければならないのだ。谷川は約束がないと独り身の気楽さでなんとなくダラダラしてしまう。繁忙期にかなり残業しているせいか、余裕がある時期も早く帰っていいのかとなんとなく落ち着かない。これではいけないと最近は帰宅してから自炊に力を入れているが、ひとり分の食事を作るのはなんともわびしくなることがある。  谷川は左手に鞄、右手にファイルをひとつ持って経理部の部屋を出て、階段を昇った。3階フロアは手前が営業部、奥が総務部になっている。営業部の部屋を覗くと人影はまばらで知った顔は無かったので、思い切って中に入った。この部屋に同期は4人いるが、座席まで知っているのは檜山だけだ。  檜山の机を一瞥して、谷川は顔をしかめた。 ──汚えなあ……  このペーパーレスの時代に、檜山の机はどうしてこうも書類が積み上がっているのだろうか。いや、積まれているどころか雪崩をおこして、ノートパソコンが埋もれている。こんなところにファイルを置いても、檜山は気づかずに山のなかに埋もれさせてしまうだろうな、と谷川は半ば諦めて帰ろうとした。
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