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飲み過ぎて記憶が飛んでしまったらしい。気がつくと寮の自分の部屋の椅子に座っていた。しかしそれほど醜態を演じたわけでもなさそうで、服は整っているしどこかにぶつけたような痛みもない。まだ酔いが残っているらしく鈍い頭痛とふわふわした感覚が続いている。
「目が覚めた?」
テーブルを挟んだ向かいの椅子に榎本が座っている。どれもシラトリの上級ラインで、量販店の家具よりもデザイン性に優れ使い心地も良い。本来は打ち合わせ用の、若干背の低い無垢材の丸テーブルには水の入ったグラスが置かれている。
「普通に喋ってたのに、急に寝ちゃうからびっくりした」
「榎本……なんでいるの?」
「おいおい、やめてくれよ。お前の部屋のインテリアを見せてくれるって言うから、一緒に来たんだろ」
「そうだっけ……」
「シラトリ、横井、ササガミの椅子について電車の中からずっと語ってたんだぞ」
確かに、三大オフィス家具メーカーの商品比較を長々としていた気がする。しかも、偉そうに自社の椅子についてかなり辛辣な意見を言ったように思う。酔いが過ぎると自分がこんな風になってしまうとは知らなかった。相手が榎本だから良かったものの、上司を相手にやらかしていたら翌日には自分の席が無くなってしまうかもしれない。
「まあ、水飲めよ」
「うん……」
頭がグラグラする。檜山ほど弱くはないつもりだが、バーで飲んだカクテルが強かったのだろうか。加減がわからないまま勧められたのを飲んでしまったが、もっと気をつけておくべきだった。
「ちょっと顔色悪いよ。横になったら?」
榎本の言葉に従い立ち上がろうとして、谷川は体が傾ぐのを感じた。榎本の手が肩を支える。
「大丈夫?」
「……ありがとう」
そのまま榎本に体を預けるようにして、谷川は寝室に向かった。ベッドに倒れ込むとようやく眩暈が落ち着いた。うっすら瞼を上げると、まだ榎本がいるのがわかった。
「榎本、のんびりしてると終電なくなるよ」
「もう終わっちゃったよ」
「え……」
首筋を爪先がつたう。
「泊めてくれない?」
「それは別に……いいけど」
こいつ、なんでベッドに乗っているんだろう。谷川は回らない頭で考えていた。
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