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「これを注文したのは新規開業したジューススタンドだって。檜山くんが取引のある文具屋さんから紹介されたそうだ。基本は持ち帰りだけど、すこし椅子を置きたいって。なんなら、店の外からも目立つようにポップな感じにしたらしい」
椅子の画像の幾つかに丸がついている。レッド、オレンジ、イエロー、グリーン、ホワイト……ビタミンカラー中心でまとめたのだろう。
少しずつ思い出してきた。
この発注画面に入力された品番は、「リラクゼーションチェア1脚」ではない。「リラクゼーションチェア4脚とリラクゼーションテーブル1台セット」の品番なのだ。テーブルは1台75,000円で、セットだと160,000円なので13,000円お得である……必要があれば、だが。
そしてひとつの品番につき件数は「5」と入力されている。それ5行。要するに「リラクゼーションチェア4脚とリラクゼーションテーブル1台セット」のチェアのカラー・レッドが5セット、オレンジが5セット……といった具合で、計25セットを注文していることになる。
ジューススタンドにテーブルはたぶん不要だろうし、椅子もセットだと同じ色になってしまう。そもそもこんな数が小さな店舗に入るわけがない。
「檜山くんの誤入力はよくあることで、僕や係長も気をつけていたんだけどね。今回は見逃しちゃって」
「すみません、私も数が多いとは思ってました」
谷川は発注元を知らなかった。だから、大口の注文だと判断しましたと弁解すれば誰も彼に責任があるとは考えない。しかしこれまでの谷川なら、不審に思って檜山に確認していただろう。よく考えればやはりこの数量は不自然に多いのだ。たとえ他の社員の発注でも、念のため確認していたかもしれない。
──檜山と言葉を交わしたくないがゆえに、確認を怠ってしまった。
背中にじっとりと汗がにじむのを谷川は感じた。
「配送担当から『納品するスペースが無い』という連絡があって発覚したんだよ。とりあえず先方には注文通り1色につき1脚の椅子をお渡しした。『カタログよりも発色が良くて満足です』という言葉をいただけてホッとしたよ……でも、椅子とテーブルが半端に残ってしまってね。これをどうするかが問題だ。一部は配送センターに戻せることになったんだけど、全部は無理で、どこか受け入れてくれるところがないか探してるんだ」
「エントランスのスペースに置いたらどうですか?あそこ高価格ラインばかりなのが気になってるんですよ。レッドならむしろ目立っていいんじゃないですかね」
谷川はとっさに言ってみた。別に澤井との仲だし、採用されようとされまいと別に構わない。正直に話しても笑い飛ばされてしまうだけだろうが、多少責任を感じているのは確かなのだ。
澤井は破顔した。
「良い提案だと思うよ。せっかくだから広報に提案してみる」
出過ぎた真似をした気がするが、澤井から言ってくれるのなら無難なところに収まるだろう。それ以前に購入してくれる顧客がいれば万々歳なのだから。
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