凡ミスからの大叱責

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 低い声での会話だけが漏れ聞こえていたが、やがてそれもなくなった。ようやく落ち着いて仕事に取り掛かることができる。  しばらくは脇目もふらず帳簿の確認をしていた谷川だったが、ふとあることに気が付いて手が止まってしまう。 ──檜山も来ているんじゃないか?  彼が同じ建物内にいるからといってどうということはない。普段からそうではないか。なのに、いつもと違う場所であるからか、妙に緊張する。  さらに1時間ほど経過しただろうか、窓から差し込む光がすっかりオレンジ色に染まった頃、例の甲高い声がしばらく響いたのち、部屋のドアが開いて梅村が顔をのぞかせる。 「谷川さん、ここ使ってもいいですか?」 「大丈夫です。もうじき終わりますし」  梅村に促され、澤井が入ってきた。その後ろには神妙な面持ちの檜山がいた。 「谷川くんじゃないか。奇遇だね」  澤井が笑顔を向ける。 「2時間近く立ちっぱなしでお説教を聴くのはさすがに疲れた。ちょっと座らせてもらうよ」  ふたりはロの字に並べられたテーブルの隅に荷物を置いた。 「大変そうでしたね」 「センター長のことかい?まあ僕は慣れたものだよ」  澤井は澄ました顔をしている。そこへ梅村がお茶を盆に乗せて戻ってきた。 「檜山さんは初めてでしょう?センター長、今日は朝から機嫌が悪くて……とんだとばっちりでしたね」 「そうなの?そこまでじゃねえなと思ってたけど」 「最近血圧とコレステロールの数値が悪くて、あれでも一応興奮しないようにしてるんですよ」 「それじゃ、いよいよぶっ倒れる日が近いかもな。みんな大歓迎だろ?」 「そりゃそうですよ」  澤井と梅村は以前からの知り合いらしい。随分とラフな言葉でやり取りをしている。その横で檜山はしょんぼりと黙っていた。椅子の件で澤井と檜山が経理部に来たのが火曜日だったからまだ4日しか経っていないのだが、すこし痩せたような気がする。 「ちょっとトイレ行ってきます」  檜山が席を立つ。梅村は一緒に廊下に出て道案内しているようだ。その隙を見てなのか、澤井がすっと谷川の横に来た。 「ホントは檜山くんを飲みに連れていってやりたいんだけど、今日はどうしても外せない用事があってね。悪いけど付き合ってやってくれないか」 「構いませんけど……」  思わず引き受けてしまったが、どう振る舞えば良いのだろう。 「これ、ハダカでごめんね」  澤井に渡されたのは、三つ折りにされた一万円札であった。 「いいですよ、そんなの」 「いやいや、これで美味しいものでも食べて」  結局拒み切れず谷川はお金を受け取ってしまった。澤井は時計に目をやると、 「先に出るね。君たちは直帰するといい」 と言い残して出て行った。
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