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翌朝谷川が目覚めて時計を見ると、8時を回っていた。二度寝しようかしまいかしばらく迷ったのち、彼は起き上がった。気怠さはあるが、二日酔いというほどではない。このくらいの体調なら、下手に睡眠を取るよりいつも通りの休日を過ごすほうが良いだろう。
檜山はまだ寝ているのだろうか。気にはなったが、どうせ月曜日には澤井に声を掛けられたりして嫌でも関わらなければいけないだろう。それなら土日くらいはもう距離を取っておきたい。
コーヒーを淹れようとパジャマ姿のままキッチンの吊り戸棚から豆とミルを取り出す。リビングにはシラトリの高級ラインである木製のミーティングテーブルとチェアがある。そういえばシラトリの家具を自宅で使っていると採用面接で話したことを谷川は思い出した。あの頃は金のない学生だったから、もっと低価格の机と椅子を使っていて、日々のレポート作成やら卒論執筆まで4年間苦楽をともにしたのだと言ったら面接官は笑っていた。入社してからボーナスで今のテーブルと椅子を手に入れたのだが、もともとの机と椅子も捨てられずに置いてある。とはいえ部屋が狭いので隅っこで使えずにいるのだが、もっと広い家に引っ越したら、パソコン専用の机にしようと考えている。それ以外にソファも置きたい、とカタログを眺めては部屋のレイアウトを妄想しているのだ。
手挽きのミルで豆を粉にしてコーヒーメーカーに投入する。ネットや家電量販店で何ヶ月も調べ回って購入したもので、抽出に時間をかけてコクと深みを引き出すタイプにした。2杯分のコーヒーをゆっくり淹れてのんびり楽しむのが、谷川の休日の過ごし方なのだ。掃除もしたいのだが、それは午後でもいい。
朝食をどうしようかと思ったが、昨夜遅くまで飲み食いしていたせいか空腹感がない。独り身の気楽さで抜いてしまうことにした。コーヒーをカフェオレにすれば少しは動力源になるだろう。
玄関チャイムの音が、コーヒーの沸きたつ音をかき消した。何度も連打されて、谷川は何事かと苛々しながら玄関に向かった。まだパジャマだが、どうせ宅配便かなにかだろう。
「谷川!」
檜山が立っていた。
「良かった~。こっちにいたのか」
「お前……なんて格好してるんだ」
檜山はにTシャツにボクサーパンツ姿だった。同じ集合住宅の中とはいえ、あんまりだ。近所の戸建やアパートから苦情が来たらそれこそ会社に迷惑がかかる。
「とりあえず、中に入れよ」
「えっ、なになに、入れてくれるの?」
谷川は肩をすくめた。
「コーヒー飲むか?」
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