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檜山は裸足で、スリッパを勧めたがそのままベタベタと歩いて奥へ行ってしまった。
「おお~、なんか広いな!」
「お前と同じ間取りだって」
「そっかあ、不思議だな」
「お前の部屋は家具少ないから、ちゃんと掃除すれば俺の部屋より広くなると思うけど」
コーヒーの抽出は終わっている。谷川はマグカップをふたつ持ってきてサーバーの中身を注いだ。芳香が顔を包む。平日はコンビニやチェーンの喫茶店で済ませているが、やっぱりこれには勝てない。
「いい匂いだなあ」
檜山は谷川の手元を不思議そうに眺めていた。
「どうして下着姿なんだよ」
「目が覚めて、酒臭いからシャワー浴びたんだ。で、頭洗ってたらそういえば谷川がいないなあと思って……玄関に鍵掛かってなかったし、拉致されたのかと」
「……鍵掛かってないのは俺が持ってないからだよ」
「あ、そっか」
爆睡している檜山を置いて無施錠の状態で出て行くのは少しだけ気が引けたが、この寮の住人が若い男ばかりなのはよく知られているから、わざわざ忍んでくる物好きはいないだろう。
マグカップを渡すと、檜山はうっとりした顔で匂いをかいでいる。
「美味しいじゃん。苦いけど……ちょっと甘味がある」
「檜山、味がわかるんだなあ」
「えーっ、それくらいわかるだろ。いつもの缶コーヒーと全然違うよ」
「お前が普段飲んでるのは砂糖たっぷりのカフェオレだろ」
よく見てるなあと言われ、谷川ははっとして急に恥ずかしくなり、なんとか話題を変えようとした。
「檜山、元気だなあ」
「俺は二日酔いしないから」
確かに深酒して寝てしまったとは思えないほど肌つやが良い。変な酒の臭いも残っていない。代謝がもの凄く良いのだろう。
「そうじゃなくて、昨日あんなに凹んでたくせに……泣いてたぞ。覚えてる?」
「ああ……うん」
檜山は苦笑して首の後ろを掻いた。
「謝りまくってまあどうにかなったし、一応商品の行き場は決まったからいつまでも引きずっててもしょうがないかな~なんて……ダメかな?」
正直、檜山の切り替えの速さに谷川がついて行けない。しかし、彼のようなメンタルの方が良いに決まっている。うじうじと悩んでいても仕方がないのだ。
「えらいえらい、明日出社したらしばらくはしおらしくしてろよ」
「わかった」
いつの間にか檜山はコーヒーを飲んでしまった。そろそろ帰るだろうか。いつまでも下着姿というわけにもいくまい。
谷川はさりげなく立ち上がり、マグカップをキッチンに片付けに行った。
「谷川」
背後から呼び掛けられる。
「昨日俺が言ってたこと、覚えてる?」
「……」
「俺、今は素面だから」
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