探し物

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探し物

 天井から音が響いている。跳ねるような足音だ。 「ん……」  まだ微睡んでいたい谷川は、そこまで大きな音ではないのだからと無視しようとしたが、いちど脳が認識してしまうとどうにも耳につき、眠りに落ちそうな瞬間にドタドタと音が聞こえると意識が戻ってしまう。30分ほどの闘いのすえ、谷川は仕方なく起き上がった。時計の針は7時40分を指している。 「昨日飲みに行ったんじゃなかったのかよ……」  谷川はベッドを出た。そのまま玄関に向かいかけたが、さすがにパジャマ姿ではまずいと思い、パーカーにジーンズの普段着に着替える。裸足にサンダルをつっかけて部屋を出て、階段を上がった。  谷川は社員寮に住んでいる。30歳まで入寮していてよい規則になっているので、貯蓄のためにも居られるだけ居たかったが、上の住民のたてる騒音にはうんざりしていて、引越したい衝動に駆られる。しかしそれでは悔しいから、せめて部屋の移動をと福利係に希望届を出しているが、いちばん上の階は人気があるのでなかなか移動できない。そもそもあんな騒がしい奴を最上階に入れるなんて、担当者はどうかしていると谷川は毒づいた。  自分の部屋の真上の部屋の前に立ち、チャイムを連打した。もちろん普通の人間ならやらない。相手が迷惑物件だからこそ容赦しないのだ。  30回くらい押しただろうか、不意にドアが開いた。髭も剃っていない顔がぬっと現れる。 「うるせえなあ……あれ、谷川?」  谷川は檜山の体を玄関に押し込んだ。背後でドアが閉まる音がする。 「何、なに?」 「お前、朝からなにやってるんだよ。ドスドス歩き回って!」  檜山はくたびれたスウェットを着ているが、よく見ると上着が後ろ前である。寝起きの格好のまま部屋の中を徘徊していたに違いない。 「ちょっと探し物してて」 「探し物でどうしてあんなに歩き回るんだ」 「そんなに聞こえてた?」 「聞こえてたよ!」  檜山は困ったような表情になった。 「ごめん、うるさかったか……」  そんな顔をされてしまうと谷川の怒りは急激にしぼんでしまう。檜山は悪気がないどころか、自分でも加減ができないのだろう。 「もういいよ、俺も言い過ぎた」  ばつが悪くなって足元に目をやると、ビジネスシューズやスニーカーが散乱している。玄関からこの様子では、部屋の中も散らかっているのではないか。 「……何探してるんだ?」  谷川は思わず訊ねていた。 「俺も探してやるよ」
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