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オフィス街での初詣
人形町。江戸時代には歌舞伎や浄瑠璃の芝居小屋があり、人形遣いが多く住んでいたり、お土産物として人形を売る店が多かったことが由来となっているその町は、藤枝美月にとって今まで縁も所縁もない場所だった。
年が明けて二日の朝。予定より少し早く到着した美月は約束している人形町駅の出入口で静かにウォークマンを聴いている。
流れているのは小林香織のShiny。ジャジーなリズムに力強いサックスが特徴的な最近の美月のお気に入りの曲である。
音楽は好きだ。気分を変えたり、テンションを上げたり、聴いているだけで自分の中の色々な気持ちと向き合うことができる。
その曲が終わる手前のところで伊藤優衣奈が現れた。腕時計を見ると約束の時間より五分ほど早い。
優衣奈は上下黒の品の良い服の上にカーキ色のコートをスラリと着こなしていた。女性としての色気よりも女性を魅了する格好良さのようなものを持っている優衣奈は、美月の目から見ても格好良いと思う。さすがウチの演劇部の部長である。
「待たせてしまったかな」
「いえ、私は一本前の電車で来たところなんで、そんなに待っていませんよ。それに約束の時間はまだじゃないですか」
「そうだったな」
「じゃあ、行きましょう」
「うん、そうしよう」
早速目標の場所へ歩き始める。鏑木龍太郎先輩から教わった神社は、人形町駅から歩いて五分かからないくらいの場所にあるらしい。
それほど大きな神社ではないけれど、ご利益が素晴らしい神社で、知る人ぞ知るパワースポットだとのことだった。
「確か鏑木の話によると、東京大空襲の焼夷弾の影響を免れたばかりか、そこの神社の御守りを持って出兵していった先人が皆無事に生きて帰ってきたとか言っていたな」
「凄いですよね。どんな神さまが祀られているんでしょう」
「まぁ、初詣だし、それなりに混んでいることだろうから、じっくりと堪能できるかは分からないけれど、興味はあるな」
目的の神社まで来ると、すでに百人くらいの人が列を作っており、数名の係員が誘導を行なっていた。
「あ、やっぱり、混んでますね」
「明治神宮や神田明神よりはマシじゃないか。……並ぼう」
そして並ぶこと二十分くらい。
やっと二人は神社の鳥居の前までやって来た。
小網神社。
ビルの合間に隠れるように鎮座するその社は、参拝行列がなければ気づかずに通り過ぎてしまうほどの大きさだったけれど、しっかりとした風格を漂わせていた。
「銭洗い弁天もあるんですね」
「強運と金運か。おや、福禄寿の像もあるぞ」
鳥居をくぐって数歩の位置にある福禄寿の像は、お賽銭を入れていった人が皆頭を撫でていくためか、頭部だけ金属の輝き方が違っていた。
ニ礼二拍手、そしてお祈りをしてから一礼。
この参拝方法は近年になってから確立されたもののようで、人によってはこの参拝方法を正しくないと否定する向きもあるようだが、参拝する神社が奨励して掲げている作法に異を唱えるのは二人とも由としない。参拝はつつがなく終わった。
「せっかくだ。御守りもいただいていこう」
「そうですね」
御守りは紫色の強運守を選んだ。受験生である優衣奈は学業守を選ぶかと思っていたら、そんなことはなく、少しだけ逡巡した後で結局美月と同じ強運守を選んだ。
受験や演技は実力勝負。神さまに助けてもらうのなら予想外の災難回避だけで良いというのが優衣奈の持論のようだった。
「ふふっ、健さんだったら絶対に金運守を選んでいそうですね」
「あいつは霊感が強いせいか運だけは良いからな。本当はもっと演劇部員として実力をつけてほしいのだが」
優衣奈が微笑みながら話していると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「あ、御守り買っていきましょうよ、御守り」
二人が振り返ると、そこには同じ演劇部仲間の鈴木健と鏑木龍太郎がいた。
美月と健の目が合った。
「あ、藤枝さん。それに伊藤先輩も」
「なんだ、来ていたのか」
「偶然ですね」
「そういえば紹介していたな。それにしても時間と日付も同じタイミングになるとは」
「縁があるな」
「これも僕が先輩との約束の時間に少し遅れたからですね」
「お前は俺を待たせたことを少し反省しろ」
龍太郎が健に苦言を漏らすと、美月と優衣奈はクスクスと笑った。
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