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1. 駅の想い出
1年ぶりに帰る地元に、俺は何だか胸を弾ませた。
地元に帰っても両親に会うつもりはない。今日はあくまで君に会いに行くだけだ。
君に会って、1年ぶりに他愛もない話をして、また来年、と言って別れを告げて帰る。
それが今日の俺の予定だ。
つまらないと思うかもしれないが、それだけで俺は十分だった。君に会えて、話が出来ただけで、十分。
俺は新幹線に揺られながら、物凄いスピードで変わる景色をぼーっと眺めていた。
ここから地元まで新幹線と普通列車で3時間もの距離が離れているのに、新幹線に乗っていたせいか、それとも君に会えるせいか、3時間はあっという間に過ぎた。
俺の地元の駅が呼ばれると、俺は駅員に運賃を払い、真っ赤な菊の花束を持って外に出た。
まだ朝だというのに、さすがに夏のせいで、久しぶりに来たスーツは暑く思えた。キメたからとはいってスーツはやりすぎだっただろうか。それにしても真っ黒なスーツを着たのは間違いだった。暑い。
俺はジャケットを脱ぐと、列車が去るのを眺めながら、古びた青いベンチに腰掛けた。座ると、ギシッときしむ音が聞こえる。
ここでよく君と列車が来るまで話したものだ。
一日に三本しか走らないド田舎に住む僕たちは、毎朝早起きしては、列車を逃すまいと一時間も前からスタンバイしていた。
何でそんな前からスタンバイしていたのかは分からないけど、でも俺は君と話せるならどうでもよかった。
ただ君と一緒にいれる時間が、俺にとっての至福の時間だった。
***
「暑いー。もー、私夏って嫌い!」
「何で?」
君がベンチに座りながら額に汗を滲ませ、だらんとし、言うまでもないだろと言っているかのような瞳で俺を見る。
「だって暑いじゃん」
「でも???が好きなお祭りも花火もあるじゃん」
「そうだけどさー。昔はね、好きだったよ? でも今は、周りがどんどん彼氏を作っていくのを見るとさー、彼氏と一緒にお祭り行くから!って言う子が増えてさ……。一緒にお祭り行ってくれなくて悲しいんだよ……。後、冬も嫌い。特にクリスマスが!」
「あー、女子ってそういうのけっこう気にするよなー」
「いや、女子だけじゃなくて男子もじゃない?」
「俺は基本的にそういうのどうでもいいから」
「はい、出たー。優斗のそういう無関心な所ー! ダメだよ、優斗。私たちは今、華の高校生なんだよ? 青春しようよー!」
俺は何も言わずに、君から顔を反らすと、君が「無視しないでよ!」と怒る。
「別に焦んなくてもいいと思うけどな」
「えー、高校生に1人ぐらいは彼氏欲しいじゃん」
「好きな人とかは? いないの?」
「かっこいいなぁって思う人はいるけど、でもそれは観賞用だし……」
「観賞用」
「そう、観賞用」
君が笑うと、俺は苦笑いを浮かべる。観賞用の人間って何だよ、と心の中で叫びながら。
生まれてからずっと君とは一緒にいるけれど、年齢が変わるにつれて考えていることが分からなくなるものだから困ったものだ。
「そんなのあるんだ」
「うん。まぁ要するに推しみたいな感じ。推しは恋愛対象にはならないでしょ?」
「あー、まぁ確かに」
「えっ、優斗って推しっていたの?! アイドルとか?」
「いや、いないけど。周りで喋ってるの聞くんだよ」
「へー、盗み聞きですかぁ。趣味わるーい」
「???は俺に友達が出来たとかというのは一ミリも思わないわけ? 俺、泣いちゃうよ?」
俺はそう言うと、君が「あ、ごめん」とへらへら笑いながら言う。俺はため息を吐くと、「???、ひどーい」と皮肉を込めて言った。
「ま、とにかく今は好きな人はいない。ていうか、運命の人に会えないんだよね……。まじで悲しい……」
「運命の人になんて会えるわけないだろ」
「でも、でも! シンデレラとか、白雪姫とか? 王子様と運命的に出会ってるじゃん! 王子様なんて、絶対に運命の人じゃん!」
「分かんないだろ。もしかしたらお話はそこで終わってるかもだけど、その後性格の違いで離婚してるかもしれない」
「もう、どうしてそんな酷いこと言うのさ! 優斗の悲観野郎! 馬鹿!」
「馬鹿って言った方が馬鹿なんですー」
「じゃあカバ!」
「それは意味が違うわ!」
俺は突っ込むと、君がくすくすと笑う。それにつられて俺も笑った。
「でもでも。夢みたいじゃん? 運命の人がいるって信じたいじゃん? 運命の赤い糸があるって信じたいじゃん? ね? 優斗なら分かってくれるよね?」
「はいはい、分かったよ。運命の人はいます」
「ねぇ、棒読みで言わないでよー。悲しくなっちゃうから」
「あ、電車来た」
「無視すんなー!」
俺はベンチから立ち上がると、またギシッときしむ音が聞こえる。このベンチに座ったり立ち上がったりする時はちょっと怖いが、でも丈夫なのかなかなか壊れない。まぁ壊れたらそれはそれで大変だから、丈夫なのは当たり前だけれど。
俺はやって来た古びた電車に乗り込むと、後ろから君がわーわー騒ぎながら電車に乗った。
「電車の中なので静かにして下さーい」
俺はそう言うと、誰もいない車内を見渡しながら、適当に座席に座る。
「優斗の馬鹿野郎!」
君は大声でそう言って、ぶすっとした顔で俺の隣に座った。
これが君との駅の想い出。
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