2. アイスの想い出

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2. アイスの想い出

「ははっ、懐かしいなぁ」  俺はそう言うと、ベンチから立ち上がる。立ち上がる時に、少しギシッときしむ音が聞こえて、それもまた懐かしいと思った。  君が大好きな真っ赤な菊の花束を持ちながら、俺は想い出に染まった駅を出た。  駅を出ると、見えるのは見渡す限りの田んぼばかり。本当にのどかだと思う。  俺は田んぼ道を歩きながら、今度はよく遊んでいた公園へと向かった。  ブランコしかない公園。  草もぼうぼうで、生えっぱなしだから、子供も遊ぼうとせず、誰一人として使っていない穴場といえば穴場な公園だ。  俺はその公園に入るなり、ブランコへと向かうと、腰を掛けた。  子供用に作られたブランコであるから、俺には随分と小さく思えた。  ここでブランコに乗りながら、よくアイスを奢るか、奢らないかで勝負をしたものだ。 どちらが一番早くてっぺんにたどり着くか。てっぺん、というのが俺には分からなかったけれど。  君が楽しければそれで良かった。 *** 「アイスをかけて、勝負だ!」 「望むところだ」  俺はそう言うと、鞄をブランコから見える位置に置き、ブランコの椅子に座る。 低い。  子供用なのだから、仕方がないのだが。  隣で君が座ると、「私が買ったら超高いアイスを奢ってもらおうか」とやる気満々で言っている。 「じゃあ俺も買ったら、超高いアイスを奢ってもらうからそのつもりで」  俺は毎度この勝負をするたびに、子供じみてるなぁと思っているけれど、意外にもお互い本気で挑んでいた。勝敗は今のところ、俺が132勝149敗で負けてる回数が圧倒的に多い。だからそのせいで、一か月に何度も金欠になる日があった。今回もかなり、財布は寂しくなってきている。奢るのは何としてでも避けたい。 「よーい、ドンッ!」  君の掛け声でスタートし、俺たちは一気にブランコを漕いでいく。何度も君の笑い声が聞こえ、俺もつられて笑った。たまに君が「高級アイスは私のものだー!」と叫んでいるのが聞こえ、俺も負けじと「いや、違う。高級アイスは俺のものだー!」と叫び返した。  近所迷惑だなんて考えずに、ただただ君との時間を過ごしていた。  結果、俺が負けた。 「ふっふっふ、高級アイスは我が手に……!」  君はそう言いながら、アイスの蓋を開け、口に放り込んだ。 「ん~、美味しい!」  嬉しそうな笑みを浮かべると、俺も隣でソーダアイスを食べる。本当は高級アイスを食べたかったけれど、金銭的理由で断念した。 「これで私の記念すべき150勝だね!」 「俺の記念すべき150敗でもあるのかぁ」  俺はそう言いながら、また一口アイスを口に放り込む。シャリッとアイスが音を立てながら、口の中でソーダの爽やかな味が広がった。  うん、美味い。 「さすがにここまで負けっぱなしだと、何度も高級アイスを奢ってる俺の財布がどんどん寂しくなるんだよなぁ」 「負ける優斗が悪い」  そう言いながら美味そうに君がアイスを口に入れ、幸せそうな顔をする。 「太るよ」 「あー、優斗君最っ低ー! 女子にそういうこと言っちゃいけないんだー! 先生に言いつけてやる!」 「それだけはご勘弁をー!」 「ならアイスを一口分けてくれたら許そう!」 「くっ……仕方があるまい……」  俺はアイスを差し出すと、「頂こう」と君が一口アイスを口に入れる。 これが間接キスになっていることは、君は気づいてないと思うけれど。 「うむ、美味である」 「それは良かったでございます。それでは私も一口」  そう言って、俺も君のアイスを食べようとスプーンに手を伸ばす。と、ぺしっと音を立てながら君が俺の手を叩いた。 「ダメに決まっているであろう。この無礼者!」 「す、すみませんでした……!」 「罰としてアイスをもう一口寄越しなさい!」 「いや、貰いすぎだよ!」  俺は突っ込むと、君が大口を開けて笑う。 「くっ……仕方があるまい。私のアイスを一口やろうじゃないか……」  そう言って君がアイスを差し出し、俺は久しぶりの高級アイスを口に入れる。  君の食べかけを口に入れたからか、体中の毛穴が一気に開いて、全身が火照るようなそんな感覚に襲われた。  もう高校生なのに、小学生かよ。と心の中で突っ込む。  せっかく高級アイスを久しぶりに食べたのに、あんまり味が分からなかった。  あつい。別の意味で熱い。 「美味である」  俺は美味いことを知っているから、何となく君にノリを合わせて口にする。 「左様であろう?」  君はそう言うと、俺たちはお互いの顔を見合わせて吹き出した。 「よっしゃ、明日も高級アイスをかけて勝負だ!」 「いや、ちょっとさすがに負けたら金欠になるんだけど」 「負けた方が悪い」  君はそう言うと、ニヤリと笑い、残りのアイスを頬張った。 「ごちそうさま!」  そう言って立ち上がり、ゴミ箱にアイスの空箱を捨てると、「優斗、早くー」と言う。 俺は君同様、アイスを頬張って、棒を捨てた。 「俺、バイトしようかなぁ」 「えっ、優斗がするなら私もする! カフェがいい!」 「こんなド田舎にカフェがあるわけないだろ? コンビニで我慢しろ」 「都会と田舎の差別だ……!」 「田舎にもカフェあるところはあるからな」  そう言いながら俺は君に脳天チョップを繰り広げると、君が「痛っ!」と言い、頭をかかえた。  これが君とのアイスの想い出。
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