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5. 夏祭りの想い出
「ごちそうさまでした」
俺はそう言うと、2代目の大将の奥さんにお金を払い、ラーメン屋を後にした。
そういえば、君をお祭りに誘ったのはラーメン屋だったな。
もう少し、ちゃんとした場所で誘えばよかった。あっ、これはラーメン屋に失礼か。
でも、あの時の俺にしては随分と大胆な行動に出たよな。
よくお祭りに誘えたよ、本当に。カッコいいよ、俺。
時刻は午後1時過ぎを指していた。
少しばかりラーメン屋で長居しすぎてしまった。
よし、君に会う前に、最後に神社に向かおう。
君と過ごした最後の夏の一番の想い出。
楽しかったような、ちょっぴり後悔した夏祭り。
***
「優斗ー!」
君の家の前で待っていると、君が真っ赤な浴衣を着て、俺の目の前でくるくる回って見せる。小さい頃はよく一緒にお祭りに行っていたし、浴衣姿なんてしょっちゅう見てたけど、そういえばここ最近はずっと一緒に行っていないから見ていない。
だから久しぶりに見た君の浴衣姿に思わず見とれてしまい、すっかり声を出すことを忘れていた。
「優斗?」
「え? あっ、ごめん。似合ってるよ」
「でしょ? もっと褒めてもいいんだよ!」
君は調子に乗ったように言うと、俺はわざと棒読みで「似合ってるよー、超かわいいー」と言った。
「優斗の馬鹿野郎」
「馬鹿って言った方が馬鹿なんだ」
お決まりの台詞を言うと、俺たちはお祭りが開催される神社へと向かう。途中、君が「優斗の甚平姿久しぶりに見たー」と言い、「カッコいいじゃーん」とニヤニヤしながら言った。
俺はわざと「知ってる」と言うと、君が「うわー、ナルシストー」とけらけら笑いながら言った。
お世辞でも、君にそう言って貰えるのは嬉しかった。
「うひょー! 賑やかだねぇ!」
俺たちは神社の前まで来ると、辺りは町民で溢れかえっていて、混んでいる。
「だなー」
俺は相槌を打つと、「何から食べる?」と君に言った。
「りんご飴と、じゃがバターと、焼きそばと、チョコバナナと……」
「けっこう食べるな」
「もっちろん」
君は「何から食べようかなぁ」と言いながら辺りを見渡すと、お目当ての屋台を見つけるなり、「優斗! あれ食べよう!」と言い、走っていく。
下駄を履いているのによく走れるなと少し感心しながら、はぐれないようにすぐさま後を追った。
「うむ、美味である」
「それは良かった」
俺たちは人であまり混雑していない神社の近くの木陰に座って屋台で買った食べ物を次々と平らげていくと、君が満足そうな顔で「幸せ~」と言った。
「花火上がるのって何時だっけ?」
「8時。後10分ぐらい」
「もうちょっとだ」
君が「待ち遠しいねぇ」と言いながら、空を見上げる。晴天のお陰か、空には満天の星空が広がっていた。
「お星さま、綺麗だねぇ」
「だな」
「こんな綺麗な日に花火が上がったら最高だね! 私、想像しただけで鳥肌立っちゃった!」
「すごく綺麗だろうな」
俺はそう言うと、空を見上げる君の横顔をちらりと見る。
「なぁ、???」
「ん? 何?」
「あのさ……」
君が不思議そうな顔で見る。俺は深呼吸をすると、もう一度「あのさ……」
と言う。
「俺、???のことが———」
———ヒュー、パンッ!
「わぁ!」
君が空を見上げ、俺も見る。
花火が上がった。満天の星空を背景に、すごく綺麗に上がった。
「すごーい!」
君は俺の話なんてそっちのけで花火を見ていた。
「……俺、朱莉のこと好きなんだよ」
花火の音にかき消されているのを分かりながら、小さな声で言った。
これが君との楽しくて、ちょっぴり、いや、かなり後悔した夏祭りの想い出。
***
「やべっ……」
俺は目から零れた涙を拭うと、「いけない、いけない」と呟きながら立ち上がる。
「まだ早いな」
一段、一段、想い出を噛み締めるかのように、ゆっくりと階段を下りながら言った。
もしあの時、ちゃんと告白していたら、未来は変わっていたのだろうか。
もしあの時、ちゃんと告白していたら、俺は君を守れただろうか。
俺はそんなことを考えながら、神社を後にする。
君との約束の時間まで後30分。
ここから君のところまで丁度だろう。
真っ黒なスーツを着て、君が大好きだった真っ赤な菊の花束を持って、俺は君との想い出が沢山詰まったこの町で、最後に君に会いに行く。
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